腕時計とそれを取りまく世界 Since Apr 2012

Month June 2012

機械式時計のどこがいいのか? その21

仕上げの話、まだまだ続きます。今回は、オーデマピゲのロイヤルオークを取り上げます。ステンレス製の高級スポーツ時計という分野を開拓した時計です。オーデマピゲやパテックフィリップといった「超」のつく高級時計メーカーは、ステンレスという素材を原則として使っていませんでした。そのほとんどが金無垢の素材の時計で、ステンレスを使うのはほぼスポーツラインのみです。そのステンレス製のスポーツラインの嚆矢がこのロイヤルオークです。ジェラルド・ジェンタ(故人)という有名な時計デザイナーの代表的な作品です。パテックフィリップのノーチラスも彼のデザインになります。 ロイヤルオークのデザインコンセプトは、薄型の高級スポーツ時計の追求にありました。スポーツ時計というからには防水性があり、衝撃に強くなければいけません。70年代当時、ネジ込み方式の裏蓋を使って防水ケースにする技術(スクリューバック)はすでにありました。しかし、ケース裏に裏蓋のねじ込み用の溝を切ると、その分厚さが増してしまいます。わずか1、2mmですがジェンタはこれを嫌いました。そこで裏蓋のない一体式のケースを考案し、パッキンを挟みこんで、ベゼルで上から挟み、ムーブメントを固定する構造を採用します。このベゼルは、風防も挟みこみ、これも当時の防水の弱点だった、風防とケースの接点部分の防水性能も改善します。この結果、わずか7mmの薄さで必要な防水性能を達成しています。 デザインだけでなく、このロイヤルオークは仕上げも秀逸です。薄型の時計で普通に磨き仕上げをすると、それだけでは通常の薄型のドレスウオッチとさほど違わないデザイン、仕上げになります。ジェンタは当然ながらこれも嫌いました。ジェンタは、この裏蓋がない新しい一体形のケースが、今迄にないデザインを可能にするのを知っていました。ロイヤルオークのモチーフは、イギリスの戦艦「ロイヤルオーク号」の八角形の船窓です。ジェンタデザインのロイヤルオークも同様に、八角形のベゼルを持ちます。ジェンタは、このロイヤルオークに、曲面ではなく、平面を組み合わせたケースデザインを与えました。さらに、この新しい薄型ケースを立体的に見せるために、サテン(ヘアライン)仕上げと磨き(ポリッシュ)仕上げをうまく使い分けます。ベゼル前面はサテン、ベゼルの側面はポリッシュ、さらにベゼル下部に回りこむと、画像では線のようにしか見えませんが、サテン仕上げになっています。同じく、ケース前面およびケース側面はサテン仕上げですが、その境目はラグに向かって少しだけ広くなるようなポリッシュ仕上げです。 この仕上げがなければ、ロイヤルオークは、ここまでのモノにはならなかったのではと個人的には思っています。おそらく数ある時計の中でもロイヤルオークは、一、二に仕上げが難しい時計ではないでしょうか。ロイヤルオークのジャンボ自体、数が少ないですが、そのオリジナルを見たことがない時計店でポリッシュやサテン仕上げがされると、ベゼルの直線部分が曲面になったり、ケースの前面と側面のポリッシュ仕上げ部分も丸くなったりなど、緊張感のない時計になっている例をときどき見かけます。特にロイヤルオークはその幅広のベゼルにキズが入ると目立ちます。ので、必要以上に磨いてしまうのでしょう。まあ、それでも悪い時計ではないですが、少し残念な気がすることもまた事実です。仕上げは、最後に時計に魂を込める工程ともいえます。やはりオリジナルのコンセプトを尊重して入魂するのが望ましいといえるのかもしれません。 画像は70年代の初代ロイヤルオークジャンボです。これは筆者が友人に譲ったもので、いまは友人の手元で可愛がられています。

機械式時計のどこがいいのか? その20

仕上げの話、続きます。ここでいう仕上げとは、職人による磨き工程のことを言います。人の手による仕上げ工程および検査工程を経ることで、時計はいっそう工芸品としての価値を増します。 人間の五感というのは、ものすごい繊細なものです。一番分かりやすいのは視覚ですね。いま、昔のアナログTVを見ると、その解像度の低さに唖然とすることは間違いないでしょう。最先端ではハイビジョンより解像度の高い、4000×2000(4k2k)の解像度のTVなども実用化されようとしていますが、すごいのはそのTVよりもその違いを認識できる人間の目だと思います。触覚もすごいです。町工場の金属職人は、ミクロン単位(1000分の1ミリ)で平面を出せる人がいたといいます。 そういう、鍛えられた目と手を持つ職人によって、時計は仕上げられます。一流の職人の手間がかかっていればいるほど、繊細できれいな仕上げになります。そして、人の手間がかかっていればいるほど、時計は量産が難しくなり、工芸品となっていきます。 その昔、時計が限られた人たちのものだった時代、時計はその見えない部分ムーブメントの部品一つ一つまで職人によって丁寧に磨かれていました。一つには、ムーブメントの美観というのもあったのでしょうが、実用的な意味もありました。工作精度も今のようではなく、部品一つ一つを磨いて噛み合わせを調整する必要もあったのでしょうし、一つ一つの部品を磨くのと磨かないのとでは、摩擦係数が違い、精度が違っていたのではと思えます。また40年代以前、当時のスチール製のゼンマイは今よりはるかに切れやすく、ゼンマイから出力されるトルクを均等に使うためにも、その負荷である歯車やその機構を磨いて調整するのは意味があったのでしょう。 今では当時ほどの意味はないでしょうが、やはり最終工程で職人の手を経ることによって、完成度は上がります。 画像は、友人のパテックフィリップの年次カレンダー5205です。今度は側面からです。側面から見ると、ケースの仕上げの良さがまたよく分かります。上方に絞ったベゼル、一部の隙もなくまるで一体成形してあるかのようなケースへの接続。ケース側面の柔らかい鏡面仕上げ。また、この5205はラグに特徴的な仕上げがしてあります。パテックフィリップはすべてのケースを鍛造(素材を型で抜いて圧力をかけ、熱処理という工程を繰返す製法)で作ります。これは量産に向いた方式で、パテックでは今まで作ったすべてのケースの型を保存しているそうですが、このラグ部分は鍛造工程後にさらに削り出し工程で行っています。そして最後に職人よる磨き仕上げ工程を経て、このようなケースが出来あがります。

機械式時計のどこがいいのか? その19

機械式時計の位置づけ、クオーツ時計との比較、実用時計とコレクション時計と見てきまして、ようやく本題に近づいてきました。機械式時計のどこがいいのか、今回からのテーマは「外装や機械の仕上げ」です。「仕上げ」とは一言でいえば、職人が手間暇をかけてモノを磨き上げる工程、といってもいいでしょう。腕のいい職人が丹精こめて磨き上げた品物は、時計であれ靴であれ器物であれいいものです。いいモノを身につけると、気分まで変わってきますよね。 ところで、いいモノにするために職人が手間暇かけることができるには、何が必要でしょう?まずはその職人の基礎的技量、その技量を磨く年月がなければ、モノになりません。しかしながら、職人が修行できるそのためには、そのモノが世の中に受け入れられ、ある一定程度、常に需要があること、つまりお客が必要です。 いくら優秀な職人が長年修行しても、それが世の中に認められず、作品が二束三文でしか売れないとなればその職人はおそらく廃業するしかないでしょう。職人は芸術家とは違います。お客あっての職人です。芸術家 というのは、認められようが認められなかろうが、売れようが売れまいがおかまいなしに自分の好きなことをただひたすら追求する人たちのことでしょう。一方、職人は、そのモノが常に一定の需要があるということを前提にして生活の糧を得ています。その仕事は細かく分業されているのが常です。 京うちわという工芸品があります。比較的廉価なものもありますが、最高級のものは、扇ぐというよりは飾って清涼感を演出するためのものです。柄の部分とうちわ本体は別体式になっており、うちわ部分は細い繊細な竹で骨組が組まれ、透けて見える骨組のその上に花鳥風月の彩を添えています。高級なものは8万円以上します。竹の骨をつくる竹職人、団扇を張りあわせる職人、細工職人などによる手作業の連携で、出来上がりに一年以上かかることもあることを考えると、その値段もまあ納得です。画像は京うちわ阿以波さんからです。 腕時計の世界もやはり職人の分業化が進んでおり、ムーブメントの専業会社、モジュール会社、針を作る会社、文字盤を作る会社、ガラス会社、ケース会社などに細かく分かれてそれぞれの腕を競っています。 腕時計の場合、特にムーブメント製造部門を持つ時計会社のことをマニュファクチュールということがあります。もちろんムーブメントは、時計の主要な部品です。しかし、時計の生産には他にも多くの部品が必要で、マニュファクチュールといえども、多くの協力会社の存在を抜きに時計は生産できません。ムーブメントの主要部品、ヒゲゼンマイは ニヴァロックス社製であることが多いですし、ロレックスのサファイアガラスは日本製です。 画像は、パテックフィリップの年次カレンダー5205です。これは私の友人の所有です。年次カレンダー以上になると、パテックのケースの仕上げは明らかに群を抜いています。特にケースの曲面仕上げが素晴らしく、面と面の接合がきちんとしており、まったく隙がありません。

機械式時計のどこがいいのか? その18

実用時計の続きです。実用時計とコレクション時計とを分けるものは何でしょうか?現代社会で実用時計とされる条件をいくつか挙げてみましょう。 防水性 … 日常生活防水で普段は問題ないでしょう。しかし夏は水道の水でジャブジャブ洗いたくなります。また夏場の遊園地で霧状の水をかけられることもありますが、あれってけっこう危険かもしれません。水が水蒸気になると、わずかな隙間からでも侵入しやすくなります。 対衝撃性 … 衝撃に弱いムーブメントですと、スポーツの時には外すなど、気を使って取り扱うのが望ましいです。 精度 … 少なくとも日差+-30秒以内であって欲しいです。+-5秒以内だと素晴しいです。 針あわせの容易さ … 秒針停止機能があれば、分針と秒針とをきっちりあわせられます。また、リューズを押し込んで分針をセットするときに針飛びをしないのも大事です。これで針飛びする時計は意外とあります。 防磁性 … スマートフォンやPC、TVなど電気製品があふれる現代では、ある程度はもはや仕方がありませんが、防磁を考えている時計であればある程度は防げます。 メンテナンス性 … 壊れたときに修理してくれるところがあるのかどうか。また傷つけてしまったときも、ケースを磨くことができるのかどうか。一般的にドレス時計は薄型で仕上げがいいので、キズには弱いです。 携帯性 … 大きくて厚い時計ってかっこいいですが、携帯性はあまりよくないです。 所有感 … いつも身につけているものですから、持っていて満足感がある時計であって欲しいです。 例えばロレックス、オメガ、ブライトリング、IWC、ロンジンあたりであれば、上の条件はある程度満たされるでしょう。中でもロレックスは実用時計最高峰と言われるだけあって、これらの条件のほとんどを満たします。ところで一方、パテックフィリップやオーデマピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどの雲上時計と称される時計になってくると、日常生活防水の薄型ドレス時計や繊細なムーブを搭載しているスポーツ時計も出てきます。 どちらがいいということはありません。最終的にはライフスタイルと好みになってくると思います。夏場に遊園地にいったりプールで泳いだりするときに機械式時計をつけるかつけないかはお好みですし、そもそも遊園地なんていかないという人もいらっしゃると思います。 画像は、ヴィンテージのオメガ スピードマスタープロフェッショナルです。月に行った時計ということでムーンウオッチとも呼ばれます。1968年製で、いわゆる4thといわれるケースと、ダイヤルには立体的なアプライドのオメガマーク。この固体は、ちょうど過渡期に作られたもので、内蔵されているムーブは Cal.861です。このCal.861は、何度か改良を経て40年後の現在でもほぼ同じものが使われています。 40年以上前の時計なのですが、これは私の「実用時計」です。精度は+-10秒程度ですし、秒針停止機能はありませんが、分針をあわせるときに針が飛んだりはしません。水道でジャブジャブ洗うほどの防水性はありませんが、普段使い程度の防水性は今も確保されています。宇宙で使うためのNASAのテストに合格しただけあって、対衝撃性もあり、頑丈に作られています。スクリューバックの裏蓋の下にはムーブメントを守るためのインナーケースがあり、このため防磁性もある程度確保されています。Cal.861は、ほぼ現行ムーブメントと同じですから、万が一壊れたときのメンテナンスもまったく心配ありません。 ヴィンテージ時計=コレクション時計と思いがちですが、ヴィンテージ時計でも実用時計として十分使えるものもあります。

機械式時計のどこがいいのか? その17

今回は、「実用時計」について考えてみます。例えば、ロレックスは最高の実用高級時計である、という言い方をされます。でもよくよく考えてみると、「実用時計」、これって不思議な単語ではないでしょうか?実用されない時計というのはそもそもあるんでしょうか?しかしながら、実用時計という言い方がある(英語にも同じような単語があるようです)からにはその対極の概念としてコレクション時計が存在する、あるいは、コレクションまたは工芸的価値のあるものが「時計」というカテゴリーには存在するということになります。 つい先立ってのオークションでは、ブレゲの懐中時計が二個6億円で落札されました。また、1943年製のパテックフィリップの純金製の永久カレンダー腕時計が2010年当時5億円で落札されたこともあります。これらは博物館で飾られる類のものでしょうから、実際に腕につけて使うことはないでしょう。まずこれらは純然たるコレクション時計であるといって間違いないと思います。とすると腕時計には、少なくとも実用して使われる時計と、コレクションをして楽しむ時計という二つの種類が存在することになります。 次は「実用高級時計」です。これもまた不思議な単語です。実用高級時計というものがあるとすると、実用中級時計、実用低級時計というのが存在してもおかしくないです。しかし、これらの単語はあまり聞きません。かわりに、ミドルレンジの機械式時計、低価格帯の腕時計という言い方はよく聞きますから、ここでの「高級」というのは、価格のことを言っているんじゃないかと考えてまあ間違っていなさそうです。 ここで冒頭の「ロレックスは最高の実用高級時計である」というフレーズをリフレーズすると、「ある程度高価格帯の実用に供される時計のなかでは、ロレックスは最高である」ということになります。おもしろいですね。高い時計が実用上いいというわけでは必ずしもない、というのが、この言い回しにも表われています。高価格帯の時計には、実用というよりコレクションとして楽しむ、審美性を楽しむことを目的としている場合があると捉えることも可能です。 さて画像は、ギャレットのExcel-O-graphです。MINT状態のこの時計は、私の「コレクション時計」です。ほとんど外に連れ出しません。1960年代後半の製造で、43mmという大振りなケースに名機エクセルシオパークを搭載しています。この時計がいいのは、航空計算尺を供えたそのデザインと大きさ、それとやはりカラーリングでしょうか。5分ごとに赤く塗られた30分計と赤いクロノグラフ秒針、センターは濃いインディゴブルー、 分秒目盛りは白でプリントされ、ゴチャっとしがちな文字盤でもしっかり視認性が確保できるようになっています。ケースの仕上げなどは、それはパテックなどと比較するとお世辞にもよいとは言えませんが、回転計算尺を供えた航空時計としては、必要十分に堅牢に仕上げてあります。 かつてのクロノグラフの名門として有名なギャレットですが、現在でも会社として存続しています。最近ではフライトオフィサーのミュージアムエディションなどを出したりしています。ウェブページは、 http://www.galletwatch.com/ です。

機械式時計のどこがいいのか? その16

機械式時計は2、3万円という比較的手頃なモノから、1000万円以上という普通の人には非現実的なモノまで多種多様です。しかしながら、一つだけすべての機械式時計に共通することがあります。それは、時計は特別なものである、そういう時代に職人が一個一個手作りしていた時代のタイムピースを祖先として持つというところになります。 ここで一つ附言があります。パチ、または海賊版というのは、ここでは機械式時計とは扱いません。これは機械式時計に似てはいますが、まったく違うモノです。パチモノの祖先は、いわゆる絵画などの贋作というべきで、これは機械式時計のカテゴリーではありません。モノの制作動機がまったく違います。新しいモノを創るとき、例えば機械式時計の場合は精度を出そう、あるいは新しいコンセプトを世の中に問おうと思って造ります。価格帯が低い場合は、高価な場合と比較して制約条件が大きくなりますが、それでもその制約条件の中で、デザイナーやエンジニアたちは最善を尽します。一方、パチまたは海賊版と呼ばれるものは、すでに価値が高いとされるものを真似て人様の目をごまかそうと思って作られたものです。動機がいやしく、当然ながらメンテナンスのことなど考えてもいません。 69年当時1万5千円で売られていたホンモノのセイコー5は、40年後の今もメンテナンスされ、似たような価格帯で入手できます。一方、その倍以上の値札がつくこともあるパチモノは、基本的に使い捨てと思って間違いはないでしょう。もともと 「末永くメンテナンスして使ってもらおう」なんてことはまったく考えてないモノです。 今回の画像は、ロンジン最後の自社製ムーブメント、ツインバレルL990の裏蓋を開けたところです。薄型の自動巻、60年代当時、これはかなりのホットトピックでした。腕時計が特別なものであった時代、軍用時計やクロノグラフにはその機能上大振りなものがありましたが、やはり一般的なドレス時計としては薄型でした。自動巻の機械は、腕の振りでゼンマイを巻き上げるためのローターと巻上機構が必要になり、手巻きよりも厚みが増します。堅牢な機械を好んだロンジンは、60年代の薄型自動巻の開発競争には遅れをとっていましたが、最後にこのような優秀なムーブメントを発表します。歴史にifはありませんが、もし、これがもっと早く、60年代に出ていたら。。。と思ってしまうくらい素晴らしいムーブメントです。

機械式時計のどこがいいのか? その15

機械式時計の位置付け、構成要素、クオーツとの比較までを見てきました。さていよいよ本題に入れる準備ができてきたようです。では機械式時計というのは、いったい、どこがいいんでしょうか? 機械式時計は、トルクが大きいために、見栄えのいい大きい針を回せます。クオーツ時計と比較すると、デザイン的には柔軟性があるといえるでしょう。また雷などの電気ショックに強い点も優位です。しかし、明らかに優位にあるのはそのくらいではないでしょうか?たしかにクオーツ時計の部品保有年数はそんなに長くはないですが、部品がなくても電池交換さえ可能であれば、少なくともそれなりの期間、10年程度は使えます。普通のモノで10年使えれば十分いいのではないでしょうか。 一方できちんと作られている機械式時計は、保守さえ行えば50年、60年と使えますが、その保守には1ヶ月程度の時間および数万円~場合によっては数十万円の費用が必要になってきます。 そこまでして保守をして、ただ時間を計測するというツールのために労力を費すのは何故なんでしょうか?そこまでの価値があるという理由はいったいどこにあるんでしょう? 画像はロンジンL990。この時計の素晴しい点はそのムーブメントにあります。現在のロンジンは自社ではムーブメントを作っておらず、スウォッチグループの中堅的なポジションで良質な時計をリリースしています。しかし往年のロンジンは一味違いました。ロンジンL990は、70年代、クオーツショックの真っ只中にリリースされたロンジン渾身の作、最後の自社製ムーブです。クオーツ同等の精度を出すことを目標に開発され、機械式時計で精度を出すために、ツインバレルを採用しています。つまり、普通の時計はゼンマイが一個なのですが、この時計にはゼンマイが二個入っています。他にも、わずかな腕の動きで巻き上げるダイナミック・アイドリングや秒針停止(ハック)機構、日付のクイックチェンジ、カレンダー早送り機構など、さまざまな機能をわずか2.96mmの薄さに収めています。 手に持つと、ずっしりとした重みが伝わります。現在ではこのムーブはレマニア8810として引き継がれており、ブレゲなどの高級ラインなどに使われています。初期のロジェに多く使われているRD57のベースもこのムーブです。

機械式時計のどこがいいのか? その14

おおよそ機械式時計とクオーツ時計の差が出揃いました。再度まとめてみましょう。 精度については、機械式時計はいわれているほど悪くはありません。一日10秒~20秒程度というのは十分実用に耐える精度で、原型の誕生からおおよそ300年以上たつゼンマイ時計という古い仕組みの機械としては驚異的な精度と思えます。また、機械式時計はトルクが大きく、大きく見易い針を使えます。ところで一方、精度をだすための仕組みを一秒に数回も回転するアンクル型脱進器に頼っており、その上トルクが大きいために部品の摩耗が大きくなります。そのため定期的なオーバーホールが必須になります。 一方、クオーツ時計はトルクが抑え気味にしてある上に、一秒間に数回も回転するような機械部品がありません。そのため、部品の摩耗が機械式時計に比べて小さく、オーバーホールの必要性がそう高くはありません。オーバーホールするのが望ましいのは間違いありませんが、電池交換だけでそれなりに長い間正確に動作することが多いのはそのためです。 さて精度、視認性と少し差はありますが、機械式時計とクオーツ時計と比べたときに、一番の大きな違いはやはりこのメンテナンス性でしょうか?機械式時計はメンテしないとただの鉄のカタマリです。ところが一方、定期的にメンテナンスさえしてあげれば50年以上前の時計でも十分実用できる精度で動き出します。 画像は1950年代のオーデマピゲの名作、VZSScのムーブです。ムーブメントの上部にテンプが見えます。

機械式時計のどこがいいのか? その13

さてクオーツ時計と機械式時計の比較の続きです。精度、トルクとみてきましたが、今回はメンテナンスの差、オーバーホールについてです。 腕時計のオーバーホールの場合、おおよそ次の手順からなります。 外装チェック、洗浄 防水チェック、必要であればリューズ、パッキンなどの部品交換 ムーブメントの分解、洗浄、注油 この内、外装や防水のチェックについてはクオーツでも機械式でもそう手間は変わりません。大きく違うのはムーブメントの分解、洗浄、注油工程になります。部品数の多い機械式時計の場合は、この工程がそれなりに手間がかかります。機械式時計は、比較的大きなトルクで複数の歯車を駆動します。そこで、部品の摩耗対策が必須になります。このため、とくに摩耗が大きい歯車の軸には受け石と呼ばれるルビーを配置し、そこにオイルを塗布します。画像は1968年製造のオメガ861。裏蓋を開けたところから見えるルビーの位置には矢印を置いてます。画像で下のほうに見えるのがテンプで、これがオメガ861の場合、一秒あたり6振動、一分では360振動もします。 一方、クオーツ時計は、モーターで針を駆動し、そのトルクは機械式時計と比較すると弱いです。その上クオーツ時計は部品点数が少なく、機械式時計のテンプのようにせわしなく回転する部品はありません。クオーツ時計の場合、一番速く回転する部品は秒針で、1分で一回転します。機械式時計と比べると部品に与える負荷が非常に小さいのが分かります。 なお、クオーツ時計もたいていの場合受け石があります。これは一つのモーターで複数の針を駆動するからで、その場合、基準となるモーターの回転数を調整する歯車が必要になります。その歯車は、ある回転軸の回りを常に回転していますから、摩耗対策が必要であれば、そこにはルビーが置かれるでしょう。世界最初のクオーツ時計、アストロンは8石のムーブメントを搭載していました。 そして、受け石があるということは、クオーツ時計も分解、洗浄、注油というオーバーホールはしたほうがいいということになります。しかしながら、クオーツ時計の場合、部品の損耗が機械式時計よりは段違いに小さく、結果的に電池交換だけで10年とかは普通に動くことになります。ただしケースの防水性の劣化は、機械式時計、クオーツ共に変わりませんので、防水性が必要な時計は定期的にチェックしましょう。

機械式時計のどこがいいのか? その12

機械式時計のどこがいいのか? その12 クオーツ時計は、機械式時計と比較してトルクが弱く、針のデザインに制約があるという話でした。トルクという量は、回転軸からの距離と重さを掛けたものになります。時計でいえば、針が長ければ長いほど、重ければ重いほど、運針には大きなトルクが必要になります。ミヨタのムーブ同士の比較では、分針の運針トルクに3倍以上の差がありました。0.1g以下の針で3倍というのはかなり大きな差です。昨今のわりと大きめのクオーツ時計の針が視認性を確保できる範囲で薄い針を使ってあり、またできるだけ短い針を使うようにデザインされているのが分かってきたような気がします。 画像は セイコーブライツのエグゼクティブ電波ソーラーとアナンタのメカニカルクロノグラフです。クオーツの視認性も悪くはないものの、やはり針の存在感の違いは歴然としています。 ところで、トルクが弱いことは悪いことばかりではありません。機械式時計は、トルクが強いそのために機械の摩耗が激しく、またとくに摩耗する箇所にはその対策のためのルビー(石)が必要になります。定期的なオーバーホールは必須です。一方、弱いトルクで少ない部品を駆動するクオーツは、オーバーホールしなくても電池交換のみで10年使えているという例も少なくありません。 時折、機械式時計は電池を使わないからエコだという言い方をされます。しかし、これは機械式時計がきちんとメンテナンスされていることが前提です。メンテされていない機械式時計は、ただの鉄のかたまりです。電池さえ交換すれば使い続けられるクオーツ時計とどちらがエコか、きちんとメンテナンスすることを前提にしないと、いちがいには言えないような気もしてきます。

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