今回は、分針の針飛びの話を取り上げます。場合によってはかなり高価な機械式時計ですが、歯車の並びによってはこのような現象が見られます。 例に挙げるのは、チュードルの名作、クロノタイムです。ベースムーブメントはバルジュー7750です。信頼性の高いクロノグラフムーブメントで、ブライトリング、IWC、パネライなどベースムーブメントとしても広く使われています。このムーブメントはハック機能(秒針停止機能)があります。リューズを引くと9時位置のインダイヤルの秒針が停止します。 図はリューズを引いて秒針を停止し、分針をきちんと52分にあわせたところです。これは一度50分にあわせてから少し進めて52分にしています。 ここでリューズを戻してムーブメントを動かしていきましょう。以下の図は30秒経過したところです。分針がまったく動いていませんね。秒針は37秒なんですが、分針は依然として52分を指したままです。 そのまま時間の経過を待ちましょう。分針が53分丁度の時に、秒針は、30秒を指しています。つまり、最初にリューズを押しこんだときから、30秒ほど経過してから分針が動きはじめているということのようです。 これがバルジュー7750の特性です。私はバルジュー7750ベースのムーブメントをいくつか持っていますが、分針をきちんとあわせたいときは、分針を30秒ほど進めてからあわせています。 噛み合う歯車同士、歯車の噛み合うときの遊びからこのような現象が起きます。分針を運針する歯車、二番車がダイレクトに分針をドライブする場合、歯車の噛み合いの違いはありません。リューズで分針をあわせて、押しこむとそのままの状態で二番車は運針を開始します。 ところが歯車がセンター以外にある場合、センターにある分針運針用の歯車と、実際に分針をドライブする二番車は別の場所にあり、その二つの歯車を連結する歯車が必要になります。つまり、すくなくとも二か所で歯車と歯車とが噛み合います。そのため、その噛み合わせによっては、ある一定時間は分針が動作しないといったことがでてきます。 バルジュー7750などの自動巻クロノグラフもセンター付近が混雑するムーブメントです。そのため、このムーブメントでも分針をドライブする二番車はセンターからオフセットされ配置されています。そこでこのような動作が見られます。 このような動作はムーブメントによって違います。バルジュー7750の場合、分針を進み合わせ、例えば50分->52分とあわせたときにこのような動作が起きます。戻しあわせ、57分->52分のときには別の動作になります。バルジュー7750をお持ちの方はお試しください。なお、この戻し合わせ、ムーブメントによってはよくないとされていますので、くれぐれも自己責任でお願いいたします。(m_ _m)
ムーブメントの話、続きます。APが採用したムーブメントは一番美しい自動巻の一つとされています。ではいったい、どこが一番美しいのでしょうか。コート・ド・ジュネーブやベルラージュ、部品の面取りといった仕上げはスイス時計産業の伝統的な仕上げです。もちろんAP2121の仕上げは素晴しいです。しかし、この仕上げ自体は、AP 2121 でなくても素晴らしい仕上げのものはあります。最近の時計では、ショパールL.U.C 1.96のとくに初期のムーブメントなどは素晴らしい仕上げですし、ETAのムーブメントでも上級品になるとかなりの仕上げが施されているものもあります。一番美しい自動巻の一つと言われているものが、仕上げの美しさだけというのでは、ちょっと消化不良ではないでしょうか。いったい、どこが一番美しいとされているのでしょう?時計のムーブメントの美しさの判定基準はどこにあるのでしょう? その一つには、ムーブメントの設計思想があるかもしれません。機械式時計のムーブメントは、機械部品で構成されます。出来上がりに個体差はあるにせよ、少なくとも1000個程度は量産されます。その、ある程度量産されるムーブメントの基本形はその設計思想によって規定されます。 ジャガールクルト920の設計思想は、薄型自動巻のための妥協を排した設計思想です。 では、ここでいう妥協とは何でしょう。ある仕様を満足しようとすると、ある部分を犠牲にしなければいけない。よくあるトレードオフの関係です。薄型という仕様を満足するためには、ムーブメントの設計では何が犠牲になるんでしょう? まず設計上、一番課題になるところを考えてみましょう。つまり、時計のムーブメントで一番厚みが出るのはどこでしょうか?それは、いうまでもなく中心部分ですね。少なくとも時針、分針の二本の針が運針しますので、必要な歯車が重なります。自動巻の場合は、さらにここに自動巻用の回転ローターの回転軸が配置されます。薄型のムーブメントを設計しようとする場合、まずはこの中心部分をどう薄く設計するのかというのが課題になります。 では、そんなに中心部分に歯車や回転軸が配置されるのが問題だったら、その配置をずらせばいいのではないでしょうか。つまり、以下のアプローチです。 分針をドライブする歯車(二番車)を、センターに置かずにオフセットさせる。 自動巻用のローターの回転軸を、センターに置かずにオフセットさせる(マイクロローター)。 これらは一見よさそうに見えますが、これらの選択肢には薄型の設計を容易にするというメリットの代わりにデメリットがあります。それぞれのデメリットは以下です。 リューズを引いて時刻あわせ後、リューズを戻す時に針飛びを起しやすい 自動巻用のローターの回転半径が小さくなり、自動巻の巻上効率が悪くなる ジャガールクルト920が設計された当時、これらの選択肢はすでにありました。しかし、この機械では、これらの選択肢をとっていません。つまり、二番車がセンターにあり、自動巻用のローターの回転軸もセンターにあります。しかもそれで薄型のムーブメントを実現するという選択肢を設計者は採用しました。つまり、上述のデメリットを嫌い、王道の設計で、薄型のムーブメントを設計するという選択を設計者は決断したことになります。 画像はロイヤルオークジャンボ5402の側面からです。厚さはわずか7mmです。
ジェラルド・ジェンタが、新しいデザインの高級スポーツ時計をオーデマピゲと開拓した当時の時計ケースの特許を見てきました。ジェンタがいうように、たしかに新しい外観で、製造性も考慮されており、しかも防水性も確保されているようです。 次は、そのケースに収められる時計の中身、ムーブメントを見てみましょう。初代ロイヤルオークは、いままでにない新しいデザインを訴求して作られました。そのための新しいケースは裏蓋がなく、薄型にして、なおかつ十分な防水性、対衝撃性を保つことができました。その薄型ケースに採用されたのは、ジャガー・ルクルト920ベースのムーブメント(AP 2121)です。厚さわずか3.05mmの自動巻きムーブメントで、量産される自動巻ムーブメントの中ではもっとも美しいムーブメントの一つといっていいでしょう。 人の手がかかればかかるほど、モノは高級品になります。ムーブメントで手がかかるところは、もちろんその仕上げです。同じベースムーブメントでも、仕上げによって全然違うムーブメントになり、高級品になればなるほど、ステンレスの削り出し部品に仕上げが加わります。まずは部品の面とりです。削り出されたステンレスを磨いて角をとります。そして、一つ一つの部品にコート・ド・ジュネーブといわれるさざ波のような仕上げをしていきます。ムーブメントの地板や裏蓋にはベルラージュと言われる仕上げを施します。歯車の歯は、一本一本磨きます。これによって、歯車の抵抗が減りトルクのロスを減らせます。 画像は最新のオーデマピゲ 2121 のムーブメントです。ムーブメントの中央部に何本か斜めに見える線がコート・ド・ジュネーブです。外周部には、ムーブメントの地板に施された円の紋様、ベルラージュ仕上げが見えます。部品の一つ一つは磨かれ、面取りされているのが分かります。
閑話休題。オークションに出品していると、時々英語の問い合わせがあります。こうした方は新規の方が多く、問い合わせ内容も「緊急に欲しいんだけど、値段を教えてほしい、ここにメールちょうだい」、とか誰から来てもほとんど同じです。そもそも、なぜ海外のオークションで緊急にモノを手に入れたいのか理解に苦しみます。本当に緊急なら海外のオークションサイトじゃなくて、地元のデパートに行くほうがいいですよね。しかも私が出品しているのは、たいていアンティーク時計です。アンティーク時計がなぜに緊急に必要なのか、全然理解できません。まあ要するに、いわゆるナイジェリア詐欺なんですが、最近ちょっと面白い問い合わせがありましたので紹介します。以下をご覧ください。 IDがまったく同じ新規の方なのですが、別の名前を名乗り、別のアドレスにメールを欲しいといってきています。 私は Mrs.Janeです。smithjane1759@gmail.comにメールください。 私は Granzen Thorsten です。granzenthorsten@yahoo.co.ukにメールください。 問い合わせでどういう名前を使ったかくらいは管理しておいてほしいものですが、この人の英語はそう変でもないので、ほんとにイギリスの人かもしれません。 まったく、と思って、調べたところ見つけました。どうもこの人はロシアの方のようです。ロシア語の翻訳サイト(2012年5月)にその痕跡らしきものがありました。 次をご覧ください。翻訳サイトなので、変な日本語ですが、要するにPaypalからの260万円の支払いの承認待ちをお伝えします。このうち60万円が送料です。あなたが、荷物を送ったというトラッキング番号を入れることで、この金額があなたの口座に入金されます。ということをおおむねいいたい模様です。 もちろん、そんな金額が入金されるわけはないですね。Paypalの場合、送金したらすぐ口座に入金されます。こんな面倒な操作は要求されません。だいたいPaypalであれば、いちおう日本語のサイトもありますから、問い合わせをしたらすぐ分かるでしょう。Granzenさんは、なぜロシア語の翻訳サイトでこんなへんてこな日本語を用意しなければいけなかったんでしょう? みなさまもくれぐれもお気をつけください。
ロイヤルオークの続きです。今度は特許の本文を読んでみましょう。ジェンタが何を考えてこのケースを考えたのか、少し見えてくるかもしれません。 この発明は時計のケースに関するものです。 高い防水性を持つ時計ケース、これが発明の目的の一つです。これは、とりわけシンプルで、製造に適しており、そして、美しい外観を持ちます。 この防水性の高い時計ケースは、ケースバックと、風防を挟み込んだベゼルとを何本かのネジで結合します。そのケースバック、ベゼル、風防とムーブメントのケーシング用のフレームの間には防水性の高いパッキンが配置されます。 似たような構造の例はたくさんあります。しかしながら、従来の構成では、ケースバックが直接、薄い環状のパッキンを圧着します。この方式の欠点は、その部分以外の時計の接合部分にありました。とりわけベゼルとケースとの間が、ある一定期間水で満たされた場合、これらの部品が錆びてしまうかもしれません。 この発明によって作られる時計ケースの大きな目的は、時計ケースのすべての部品に対する完全な防水性を保証することです。そして、新しく美しい外観、また製造の容易さも考慮されています。 ジェンタは、新しいスポーツ時計をデザインするにあたって、防水性をもちろん考えていました。しかし同時に時計の外観に配慮し、さらに製造の容易さまでもデザインの段階で考えていたということが分かります。
ロイヤルオークの話を続けます。仕上げは最終工程ですから、その時計の作られたコンセプトと密接に関連があります。そこで今回はロイヤルオークの特許を読んでみたいと思います。まずは表紙です。 画像は、1973年9月に成立しているU.S.の特許です。スイスで成立しているのは1971年12月です。発明者はジェラルド・ジェンタ、特許の権利者はオーデマピゲです。4ページしかないので、比較的簡単に読めます。 概要のところを訳出してみます。これはほぼ特許の請求事項と同じです。 ケースバックとベゼル、風防ガラスとをネジによって結合する防水時計ケースです。ケースバックとベゼル、風防ガラス、ムーブメントを支えるフレームとの間には防水パッキンが配置されます。ネジの頭はベゼルに埋めこまれるようになっています。それらのネジは、内部に用意されている受け穴に固定され、ケースバックから必要に応じてそのネジを固定できます。それぞれのネジとネジ受けは、防水パッキンを貫通していて、ガラスとベゼル、ケースバックとベゼル、ケースバックとムーブメント用のフレームとの間の防水性を保証しています。 一言でいえば、裏蓋がないタイプの新しいケースの特許です。特徴的なのは、ベゼルとケースとを何本かのネジで結合して、その間に風防ガラスとムーブメント支持用のフレームを挟みこむことです。その間に防水パッキンを置くことで、防水性を確保するというアイデアになります。 図でいう8がネジ,11は円ではないネジの頭です。9がネジ受け,10はそのネジ受け内部に溝が切られている部分です。防水パッキン4はこれはA(ベゼル5とケースとの間)、B(ベゼル5とガラス6との間)、C、(ケースとムーブメント13のケーシング用リング12との間)の間を満たします。 特許には新規性が必要です。そこでこの特許の新規性は、いままでの問題点を解決する防水ケースという観点で書いてあります。しかしこの特許は、防水性という実用性だけではなく、外観的な部分も考えていることが分かります。ベゼルの上にネジが出ていてはかっこ悪いですよね。なので、ネジの頭の部分をベゼルに埋めこめるようになっています。しかし、ただ、埋めこめるようにしてしまうと、ネジが回転できなくなります。そこで、ネジの回転は、内部に埋めこまれているネジの受け穴で十分回転でき、ベゼルを固定できるようになっています。 興味深いことに、この特許の図では、ロイヤルオークのネジの向きは揃っていません。みなマチマチの方向を向いています。
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