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Month August 2017

機械式時計はなぜ動くのか? その16

さてQ値とは、ネットワークの損失を説明するために電気工学で導入された「物理量」であった。それがなぜ機械式時計に関係あるのだろうか。そのことに辿りつく前に、今回は、前提として一般的な「物理量」という定義について稿を割きたい。 物理量とは、ある現象を説明するために人間が仮定した量(はかり)のことである。例えば「万有引力の法則」を説明する一つの物差しとして、代表的な物理量の一つである 重力加速度(G)が用いられる。 この法則の場合、リンゴが落ちるのを見て物理法則をニュートンが「発見」したとされている。しかし、リンゴでもナシでも鉄球でもよいが、モノが上から下に落ちるのは、石器時代でも皆が認識していたのは間違いない。ニュートンが偉大だとされているのは、そこに汎用的な物理法則を見い出したことによる。曰く、重力の大きさは距離の二乗に反比例し、二つの物質の質量の積に比例する。この法則はどんな物質にも作用する、地球とリンゴとの間に作用している力は地球と月との間にも作用する。そして地球上の物体については 重力加速度(G)という物理量を仮定でき、月の場合にこの物理量を定義すると、地球に比べておおおよそ1/6の値となる。この仮定は、様々な現象をよく説明できるため、現代では当たり前のこととして広く受け入れられている。 ところでこの「現代では当たり前」の物理法則だが、その認定にはしばしば大きな議論がなされてきた。物理法則というものは、そもそもが人間が作った仮説の一つである。厳密な数学上の証明とは違い、その性質上100%の証明は不可能である。ある法則を仮定した場合に、いろいろな現象がうまく説明できるという帰納的推論を提唱し、追従する実験によって演繹的に確かめられ、議論の結果「その説はおおむね正しい」と多数に認定されるというプロセスを必要とする。今では常識となっている一般的な法則についても、この認定プロセスに多年の議論がなされている例は数多い。天動説に対して地動説を唱え、「それでも地球はまわっている」と言ったとされているガリレオ・ガリレイの話はあまりに有名だが、中学生で習うオームの法則(電圧=抵抗×電流)でさえも、数十年ものあいだ「科学的事実」とは認められていなかった。 さて「物理量」の話が長くなった。次回はQ値という物理量について見てみることににしたい。 今週の時計もオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルである。先週との違いがお分かりだろうか?

機械式時計はなぜ動くのか その15

機械式時計の精度について説明するための一つの概念、Q値についての考察を続ける。アカデミックなQ値のイメージはなんとなく分かっていただいたとしても、具体的な皮膚感覚においても、これが意外とマッチするのである。下の図が発振周波数、Q値、日差の例を併記した表である。 クオーツ時計の場合、発振周波数が機械式時計に比較して高いから精度がよいと喧伝されている。日差5秒の機械式時計に対して、日差1秒未満、月差15~25秒程度のクオーツ時計というのは納得できる範囲だろう。素晴しく精度が良いようにも思えてしまうが、周波数で比較すると、1万倍もの高い周波数に対して、その精度はたかだか10倍程度である。思ったほどよくもない気がしてしまう。 一方で発振周波数ではなく、Q値による比較を行うと、Q=300程度の機械式時計に対して、クオーツ時計はQ=3000程度、おおよそ10倍である。このくらいの精度の差が、実によく機械式時計の精度とクオーツ時計の精度の差を表わしているように見えてこないだろうか。 画像はオメガ・スピードマスタープロフェッショナル。最初に月に行った時計としても有名な時計である。

機械式時計はなぜ動くのか その14

機械式時計の精度を表わすために、Q値という概念が有効であるという話を続ける。まず、Q値のイメージである。これは前出の The story of Q からの引用になる。 ここでのQ値は、横軸が周波数、縦軸が電流になっている。この図で、Q値が50、100、∞と大きくなればなるほど周波数の範囲は狭くなっているのが分かる。つまりは、Q値が大きくなればなるほど、周波数のばらつきは小さくなる => 精度は安定するであろうことが分かる。 Q値は、機械式時計にも定義可能である。もともと電気工学から定義されたこの値は、現在では、発振現象の安定性を示す数値として広く用いられている。そこで次に、時計の精度とQ値との関係を表わしたグラフを示す。(参考: 2015年のイギリスの物理学者 Douglas Bateman の講演の抄録 Measuring Q, the Quality Factor) この図は、対数グラフと呼ばれるものである。時計の仕組みによって、その日差は 5s/day, 1s/day, 0.2s/day, 0.01s/dayと小さくなっていく。これをそのまま通常のグラフにしてしまうと振り子時計の日差0.2s/dayと 高精度振り子時計の日差0.01s/dayとではグラフ上で差が見えなくなってしまう。そこで縦軸の目盛りを10, 1, 0.1 と1/10ずつ減らすようにしていくと、これらの差がより分かりやすくなる。一方で横軸は、発振の安定性を示すQ値である。この値は、精度がよくなれば増えていく。そのため、逆に10, 100, 1000 と目盛りを10倍ずつ増やすようにする。そうすると、それぞれの日差とQ値の間に一本の線を引くことができる。どうやらQ値と日差との間には何らかの関係がありそうではないか。

機械式時計はなぜ動くのか その13

時計は、一般に振動数が高いと精度がよいと言われる。しかしながら、同じ振動数でも精度が明らかに違う場合がある。5~10振動(2.5Hz~5Hz)の時計で、日差1分~1秒未満となると、実に2桁も違うことになる。同じ仕組みで動作する機械なのにも拘わらず、どうしてこれほど違うのであろうか。 これを説明するために、ここで一つ、工学でよく使われる指標を紹介したい。数式はできるだけ避けたいと考えていたが、この指標だけはどうしても説明に必要なようである。それがQ値という指標である。Q値とは、英語ではQuality(品質)-Factorとされており、電気工学で通信ネットワーク(電話線など)の損失の計算に便利だということで導入された指標である。この概念は、今からおおよそ100年前、第一世界大戦の勃発した 1914年に、ウェスタン・エレクトリック社の研究所(高名なベル研の前身)、K. S. Johnson によって初めて提唱された。 当初は、”Q”というアルファベットは、Qualityの頭文字などではなかったようだ。A,B,C,D…など他のアルファベットがほとんど記号として使われてしまっており、残っていた使えるアルファベットが”Q”しかなかったからことから選択されたという( The story of Q )。その”Q”というアルファベットが一番最初に使われた文献は、1923年に K. S. Johnson が出願した US特許 1,628,983だとされている。 その、一見時計まったく関係ない分野で最初に使われた Q値が、なぜ機械式時計の精度に関係があるのであろうか。 下図が、一番最初に”Q”というアルファベットが使われたUS特許の導入部のキャプチャである。

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