若い時期の一時期、年齢を経てからでは絶対に不可能な仕事を達成することがある。ジェラルド・ジェンタにおけるロイヤルオークもその一つかもしれない。 ジェンタが秀逸なことは、その特許を読めば分かる。ジェンタは、どうやら自分のやっている進行中の仕事のその価値が分かっていたらしい。自分の行った仕事の価値を自分で理解してそれを文章にする。これは簡単に見えるが、実はそう簡単な作業ではない。新規性を産み出した人間が、自分で自分の産み出した価値をアピールするのは実は非常にバランスを必要とする、繊細な作業なのだ。 まずたいていの人は、まさに作業しているその新しい仕事に集中して時間をかければかけるほど、その仕事そのものが自分にとってはルーチンの仕事になってしまい、どこに新規性があったのか分からなくなってくる。そうならないためには他者の仕事を広く知ってつねに意識しておく必要がある。 その一方で新規性を産み出すためには、他者の仕事を知りすぎないということも必要になる。他者の仕事を知れば知るほど、自分の中ではそれが当たり前になってしまい、そうなってしまうとブレイクスルーの必要性も失われてしまう。ブレイクスルーするためには、他者の仕事を知りつつも、「ここが不便だ。ここがおかしい。自分だったらこうする」という強烈な意識を保つ必要がある。その意識を保つためには、年齢的には気力がみなぎっている若いほうが有利であろうし、その意識を保つために、あえて知らないということも場合によっては必要になってくる。 ジェンタの秀逸なところは、そこで微塵もブレていないところである。自分の仕事の価値はここにある。世の中にある新しい仕事はここにあると書いている。若いとはいえ、当時から広くいろんな仕事を見ていたのであろう。 ジェンタが残したロイヤルオーク。ジェンタが予見した通り、現代でも、このデザインはいささかも古びていない。当時としては破格な39mmという大きさ、加えてドレスなみの7mmという野心的な薄さ、さらに防水のためにテンションリングに頼らないワンピースケース、そのために採用になった伝説的なキャリバー2121。文字盤のタペストリーダイヤルに、極限までつめた針と文字盤のクリアランス。いささかの妥協も許さないそのデザイン、これこそが若さであると思う。これからの時代を自分が拓くという気概に満ちている。いつまでたっても古びない、若い時計。それがロイヤルオークなのかもしれない。
さて、クオーツ時計と機械式時計とで、大きな違いがあることは分かりました。では、その違いをより詳しく見ていくことにしましょう。クオーツ時計と機械式時計、一番の大きな違いは、動力源にあります。すべてのモノが機能する、動くためにはそれに相当するエネルギーが必要です。クオーツ時計の場合、電気エネルギーという極めてユニバーサルな動力源を使用します。そのため、動力源と機能ブロックとは完全に分離できます。もし壁のコンセントからエネルギーを取得できるのであれば、クオーツ時計は動力源の問題はほとんどなくなり、ほぼ無制限に動きつづけることができることになりますし、どんな大きな針も駆動できることになります。これは動力源と機能が分離できるからです。 一方で、機械式時計はゼンマイを動力とします。ゼンマイというものはユニバーサルな動力源の一つではありますが、電気ほどユニバーサルではなく、機械式時計では、動力源と機能とが未分化です。つまり、ゼンマイで歯車を駆動し、歯車の歯の数の比で、所望の周波数を生成します。材質が同じであれば、厚くて幅広のゼンマイであればあるほど、大きな歯車や針を駆動できます。その一方で、ゼンマイの長さは駆動時間に直接かかわってきます。ゼンマイをおさめる箱の体積の問題がありますので、厚くて幅広のゼンマイは、短かい駆動時間となります。一方で、薄くて幅が狭いゼンマイは長寿命ではありますが、より小さな歯車、または軽い針しか駆動できないことになります。 機械式時計の設計はまずこの部分をどう最適化するかということに関ってきます。一般的に高級時計は、薄型です。外形寸法が薄いということは、薄いゼンマイを使わなければならず、結果的に比較的弱いトルクになり、より小さい針しか駆動できないことになります。そのため、歯車の歯をきちんと磨くことで、トルクのロスを極力減らすといった努力が高級時計にはなされることになります。 画像はロイヤルオークジャンボ。薄型自動巻の最高峰の機械を内蔵します。
では、いよいよ機械式時計の仕組みに行きたいと思います。これが私の思う機械式時計のモデルです。クオーツと比較して、仕組みが複雑になっているのが図からも分かるかもしれません。 この歯車の比は、時計三昧さんのウェブページを参考にさせていただいております。いつもどうもありがとうございます。 クオーツ時計と大きく違うところは以下の三点になるかと思います。 動力源が一体になっている。クオーツの場合は、電池という動力源が、振動数を変換する電子回路を駆動していました。機械式時計の動力源は、香箱のゼンマイです。クオーツ時計と違い、その駆動力は振動数を変化させると同時にダイレクトに歯車で次の歯車を駆動します。 クオーツと違い「増速」になっている。クオーツの場合は、もとが32768Hzという非常に速い振動を遅くすることで、秒針、分針、時針を作っていました。一方機械式時計では、遅い香箱の回転から、分針、秒針を作ります。 フィードバックループが形成されている。クオーツの場合は、元の速い発振周波数を単純に分割することで所望の時間単位を作ります。一方、ゼンマイ時計の場合は、テンプの速度にあわせて、ゼンマイの解ける速度を調整します。一番最後の三角印の部分ですね。テンプの速度にあわせて、ガンギ車の速度が調整されます。 機械式時計は、動力源と速度調整を一体で行う仕組みを採用しているがために、設計者からうすると、ここが最大の制約条件であり、面白味でもあるんじゃないでしょうか。
寒い日々が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私は寒さは嫌いですが、冬は汗や水分にあまり気を使わなくよくなって、使う時計の選択肢が増えますので、その意味では好きな季節です。 前回、クオーツ時計は簡単だと散々書きました。では、どのように簡単なのでしょうか。一番簡単な理由は、その仕組みにあります。クオーツ時計は基本的に電池で動きます。電池で動く、よく聞きますが、では「動く」っていったいどういうことでしょう。 電池で動くっていうことは、電池の力を使って、何かを動かすわけです。クオーツ時計の場合、その何かとは何か。一つは電子回路です。電池で回路を動かして所望の機能を達成するわけです。 簡略図で書いてみるとこのような感じです。電池の力ですべての回路を動かします。まずは、32768Hzを作る水晶発振器。これが全部の元です。それを半分にして、もう一回半分にして、、、とこれを15回続けると、1秒ができます。1秒ができればそれを1/60にします。そうすると1分ができて、さらに1/60にすると1時間ができます。 なお、電池というのは、かなりユニバーサルな動力源で相当便利に使えます。この図に書いているのは、電子回路に関連する部分だけですが、電池は、他にも回路だけではなく、針を駆動するモーターなども動かします。 さて、ここで重要なのは、クオーツ時計の場合、その機能(回路)と動力源(電池)は別々になっているということです。ユニバーサルな動力源を使うことで、電池さえあれば、動力源に関する心配がまったくいらない、これは実に革命的なことでした。もっともそのため、泣き所は電池寿命ということになります。大容量の電池はサイズの制約で搭載できませんから、クオーツ時計は、電子回路の中では最も消費電力に気を使ったエコなシステムになっています。
表紙の写真を替えてみました。背景はクロノス誌。時計はオーデマピゲ VZSSc です。VZSSc は、クロノメータ規格のムーブメントを使った、かつてのオーデマピゲ渾身のドレスウォッチです。パテックの96をキングとすると、このVZSSはクィーンと個人的には思っています。 さてさて、調子に乗って参りましょう。 理系の大学一年生といって恐れることはありません。もっとも、私らのころと違って最近の大学生はまじめに授業に出席するようですから、我々のころよりも遥かにレベルが上がっているかもしれませんが、まあそのようなレベルの話をしたいというだけで、数式はできるだけ使わないつもりですのでご安心ください。 まずは腕時計の動く仕組みの私なりの解釈です。基準として、ありふれたクォーツ時計を例にします。クォーツ時計はごく簡単です。クォーツ時計はどうやって一秒を作るのでしょう?元になるのは、水晶です。この水晶(クォーツ)が32KHzの基準周波数で発振します。32KHzとよく言われますが、実は32768Hzです。一秒間に32768回、振動します。振動というのは「波」とよく言われます。ただ、波と言われる場合は、振動が一定方向に進む場合です。ある一定箇所で、振動する場合は、回転という形になります。たとえば、一秒間に自転車を32768回漕ぐのも、32768振動といってここでは差し支えないことにします。時計のヒゲゼンマイも振動、といわれますよね。 なぜ簡単なのか。水晶は電気を与えるとある一定振動で発振するからです。この場合一秒間に32768回振動しますが、それを32768回数えることができれば、それが一秒ですよね。一秒ができればあとはしめたものです。それを60回数えたら一分、一分を60回数えると一時間です。つまり、32768を数える機械と、60を数える機械が二つあれば時計はできてしまいます。もちろんあとは表示とかケースとかいろいろ必要ですが、それは必要に応じてなんとでもなるとすれば、心臓部は以下の4つでできてしまいます。 1. 水晶 2. 水晶に与える電圧 3. 32678を数える機械 4. 60を数える機械 x 2 どうです。簡単でしょう。これ、めっちゃ簡単ですので、その気になれば、秋葉原でも日本橋でもキットを組みたてることも可能ですから、ぜひお試しいただければと思います。部品屋さんで、32KHz発振のクリスタルください、と言えば、一個30円程度で入手できます。
お久しぶりです。 昨年は転職したり引越したりその他もろもろありまして、ブログも休載状態になってしまっておりました。ぼちぼちと再開していければと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 ではでは気をとりなおして、機械式時計はなぜ動くのか、その2に行きたいと思います。世の中に機械式時計の仕組みを解説しているブログは数あります。すばらしいブログも多いと思いますし、筆者もかなり参考にさせていただいております。いつもどうもありがとうございます。 まず、なぜわざわざ、それでもなおかつ屋上に屋根を架す気になったのか、それはですね。機械の機構解説の書籍、ウェブはめっちゃあります。ただ、機械式腕時計はなぜこんなに正確なのか、そういう観点から書いている資料ってあまりないと思うのです。 まあそれはそうかもしれません。制御理論が確立するはるか以前から時計に関する技術書は著されているのですから。現代のいわゆる機械式時計の仕組みとして重要なヒゲゼンマイの発明は17世紀にホイヘンスによってなされたと言われています。これは、かれこれ400年以上前の出来事です。つまりは、時計のメカニズムとしての発達は、他の産業と比較して非常にゆっくりで、堅実なものです。しかしその一方で、それをとりまく環境、例えば航空機や携帯電話、制御に関する理論などは飛躍的な進歩を遂げました。 せっかく現代に住んでいる我々ですから、理系の大学一年生程度が分かる程度の制御理論を使って時計の動作を解説してみたいと思うのです。さあて、私にできるのでしょうか。まあ間違いを恐れずに!頑張っていきたいと思います。
今日から新シリーズを起してみます。まだまだ私には今一つ機械式時計の動く仕組みというのがよく分かっていないような気がしているのです。現在のゼンマイ式時計の仕組みは、ほぼ18世紀中頃に確立された仕組みと同じです。250年以上の前も仕組みなわけですが、これをうまく調整すれば一日+-5,6秒という驚異的な精度を叩き出します。この精度はちょっと良すぎではないでしょうか。 クオーツは32KHz、一秒間に32000振動もするから、機械式時計よりも圧倒的に精度がいい、とモノの書籍にはよく書いてあります。通常のクオーツ時計の精度は月に10〜20秒程度の誤差です。一方で機械式時計はハイビートと呼ばれるものでも10振動=5Hzでしかありません(時計の世界では、振動数という定義が少し違っています)。ところで、32KHzと 5Hz、6400倍もの差がありながら、クオーツおよび機械式時計の精度の差はおおよそ数十倍程度です。クオーツが悪いというより、機械式時計のほうが古い仕組みにも関わらず、どうも良すぎではないでしょうか? また薄い時計と厚い時計、時刻あわせの時の針飛びについても言及してきました。この使い勝手に大きく影響してくるのが、いわゆる二番車の配置なのですが、これを説明するためには、機械式時計の仕組みにもう少し言及したほうが分かりやすいようでもあります。 画像は1968年の手巻きスピードマスターとキャタピラブレス。キャタピラブレスと言われるものは、いわゆる巻きブレスと言われるタイプのブレスの一つです。無垢ではなく、板を曲げて作ってありますので、軽いです。軽いのはいいのですが、手巻きとはいえ時計本体が重いクロノグラフには、すこし華奢な感じも受けます。ゆるくブレスを巻くのがお好みの方には、ヘッドが時々つられるような感じを受けるでしょう。ただ個人的にはスピードマスタープロフェッショナルを一番格好よく見せるブレスと思っています。
やはり機械式時計は機械式なのです。ゼンマイで動力を与えて、歯車を複数動かし、そして、何らかの目的にあった形で時間を掲示するのです。その大きな流れが軍用とドレス用です。以下の写真はパネライルミノール47mmとオーデマピゲのヴィンテージ、VZSSc 36mm です。 果してどちらが高級時計に見えるでしょうか?もちろん、パネライルミノールもかなりな高級時計です。しかし、どちらかといえば、やはり高級に見えるのはドレス時計のオーデマピゲではないでしょうか? そもそもの目的が違うので、この二つを比べるのはすこし無理がありますが、パネライは、イタリア海軍の軍用時計をモチーフに頑丈さ、防水性、精度を追求しており、ラグジュアリースポーツという新しい系統に属します。これはそもそもはオーデマピゲのロイヤルオークによって開拓された分野で、パネライが現在先陣を切って開拓している分野といってもそうは間違っていないでしょう。 一方の名機の誉れ高いオーデマピゲのVZSScです。素晴しいムーブメントを搭載しており、仕上げはもちろん、精度も当時のクロノメーター級です。1950年代の時計ですが、現在でもかなりの高精度を維持しています。一方でお世辞にも頑丈とはいえません。また、防水性もほとんどありません。 やはりムーブメントが時計の形を決める部分はかなり大きいのです。パネライのムーブメントでは、ドレス時計を作るのは至難の技でしょうし、一方のAP VZSScは、間違っても数を量産できるムーブメントではありません。現代でもオーデマピゲAP2121など仕上げの卓越したムーブメントの量産数量は限られており、故障時の代替部品の迅速な供給が求められる軍用などのハードな用途に使う時計にはまず向いてはいないでしょう。
腕時計なんて、少しくらい厚くたっていいじゃん そのお気持ちもよく分かります。大きく格好良く厚くしっかりしている時計もたくさんあります。 防水性能は300m、クロノグラフが付いて、デイト付き、デイトはいつでも変えることができて、パワーリザーブは3日、いいですよね。頑丈で、いつでもどこでも信頼して使うことができます。 もちろん私もそういう時計もかなり好きです。しかし一方、腕時計はその構造上、外側の体積密度が高くて(密)、内側の体積密度が低くなります(疎)。外側は防水のためにステンレスや金などをはじめとする金属で覆わなければいけません。一方その中空の中身には歯車が稼動するムーブメントが入ります。稼動部分がある以上、どうしても内部を金属で100%満たすわけにはいきませんから、密度的には疎になってしまいます。 ということは原理的にはムーブメントが大きく厚くなればなるほど、時計の重心は高くなってしまう傾向が出てきます。大きくしっかりした時計を腕につけるとひっぱられる感じがします。そうなってしまうと付け心地がそれ以上悪くならないためには、時計をホールドするベルトをしっかり作る必要があります。となると、これでブレスもしっかりした重量のあるものになってきます。 「ムーブメントの厚さ」 一言にいえばたいしたことなさそうに見えますが、実はこれはかなり深いテーマなのです。元々のムーブメントが厚いとどうしたってその時計は薄型にはなれません。しっかりとした厚いムーブメントをしっかりホールドする土台、ケース、さらに厚いケースをしっかりホールドするブレスレット、こういう時計になってしまいます。 画像は PAM00372。パネライごく初期のプロトタイプ復刻です。ラジオミールケースにルミノールのリューズという独特の形状です。パネライはイタリア海軍の軍用時計がルーツですから、しっかりと作られている時計の代表格といってもいいかもしれません。
さて時計の中心軸の周りに回転する歯車が多いと、どうなるでしょうか?当然ながら、時計が厚くなる傾向が出てきます。4枚の歯車と2枚の歯車、おそらく2枚の歯車のほうが薄く作りやすいでしょう。しかも時計の歯車の場合、カナと呼ばれるギア比変換用の歯車も一体整形されているものがあります。画像は時計三昧さんからです。 時計の場合、秒針->分針の回転数変換は1:60、さらに分針->時針の回転数変換も1:60です。つまり、秒針の歯車が60回回転した時に、分針の歯車が1回回転すればいいわけですから、歯車の歯の数は、秒針1に対して分針は60でなければいけません。これを二枚の歯車で実現しようとすると、実はかなり大変です。 歯車の大きさが同じだとすると、円周の長さは半径に比例しますから、半径が60倍大きな歯車が必要になります。例えば1mmの半径の歯車があったとして60倍になると60mmです。歯車だけで腕時計よりも大きくなってしまいます。このため、秒針->分針の変換にはカナのついた歯車が二枚介してあります。そして、このような「カナ」を持つ歯車が一枚一定箇所に集中すると、また厚さが増えてしまう傾向が出てきてしまいます。 そんなに厚い時計が嫌なら、部品を薄く作ればいいじゃん。 ごもっともな意見です。例えば極端な話、現在の最新半導体プロセスを使えば、髪の毛の1/100の薄さの部品だって作れます。しかしながら機械式時計の場合、メンテナンスをしなければいけません。髪の毛の1/100の薄さのものの耐久性が100年もあるのかどうか、また、部品がなくなった場合、どうやって制作するのかということを考えると、やはり手で作れる程度の大きさの部品であるというのが、現代の機械式時計には必須の条件になってきます。しかも、耐久性のことを考えると、やはり厚い部品のほうが望ましいのです。 ということでやはり、手で作れる程度の大きさの部品が回転軸の回りに集中すると、時計というのはどうしても厚くなってしまう傾向にあるのです。
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