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Category ロンジンL990

ロジェ・デュブイ氏逝く

先週、ロジェ・デュブイ氏が逝去とのニュースが、氏の名前を冠したブランド、ロジェ・デュブイからアナウンスされた。享年79歳である。 氏は、1950年代の終わりにロンジンで時計整備のキャリアをはじめた。ロンジンのクロノグラフの修理や整備などを担当したとあるが、当時のロンジンは第二次対戦終了当時、コンプリケーションでは間違いなく世界最高のブランドの一つであった。パテックフィリップでさえ自社のクロノグラフムーブメントを持っていなかったその当時、ロンジンは名機の誉れ高い13ZNおよびその後継30CHを持っていた。このロンジンでのクロノグラフの修理や整備というのは氏のコンプリケーションへの取り組みに大きな影響を与えたのではないだろうか。 その後氏は、パテックフィリップに移り14年勤めた後、1980年に小さな工房を立ちあげる。小さいながらもオークションハウスやコレクターの貴重な時計のレストアだけでなく、時計ブランドのコンプリケーションの製作まで受注したというから本格的な工房である。ここで氏は1980年代後半に初めてレトログラード表示のパーペテュアルカレンダーの製作を手掛けたと語っている。その後、1993年ごろフランク・ミュラーの立ち上げにも関わったカルロス・ディアス氏と共に氏は1995年にロジェ・デュブイを立ちあげることになる。当時のロジェ・デュブイの方針は、すべてのムーブメントを Geneve seal 認定を受け、また各モデル28本限定とするなど、品質に相当ののこだわりをもったものであった。 この共同創設者、カルロス・ディアス氏について興味深いインタビューがある。これは2004年、一時ロジェ・デュブイ氏が氏の名前を冠したブランドから引退したとき、当時の経営者カルロス・ディアス氏へなされたインタビューである。ブランドを代表する技術者の引退のそのインパクトを問われ、自信満々にカルロス氏はこう語る。ロジェ・デュブイの創立者は私、カルロス・ディアスであり、また当初からデザイン責任者であり、ロジェ・デュプイ氏は技術部門を束ねており、彼の名前をブランドに冠したのは友人に対するリスペクトであり、事業に大きな影響はない。最初からロジェ・デュプイは100%カルロス・ディアスなんだよ! また彼はこうも語っている。シンパシーは私がレストランにいたときに、友人と話をして四角に丸のスケッチをしたことから着想を得たものだ。名前も私が考えた。 ディアス氏の功績をおとしめるつもりはない。彼が現在のスイス時計業界に大きなインパクトを残してきたことに疑いはない。だが、少なくともここで彼が語っているシンパシーのデザインは、現行のシンパシーのことだと思われる。一方で我々は、最初にリリースされたロジェ・デュプイのシンパシーを知っている。それは、ロンジン最後の自社ムーブ L990をベースとし、これもまたロンジンのシンパシーケースを元にしたものだった。往年のロジェ・デュブイというブランドはやはり、ロジェ・デュブイ氏の古典に対する目の確かさ、愛着にかなり依拠していたというのは穿った見方になるのだろうか。 氏の冥福を祈りたい。 以下が筆者の手元にある Logines L990のオリジナルおよびシンパシーのオリジナルである。

機械式時計のどこがいいのか? その16

機械式時計は2、3万円という比較的手頃なモノから、1000万円以上という普通の人には非現実的なモノまで多種多様です。しかしながら、一つだけすべての機械式時計に共通することがあります。それは、時計は特別なものである、そういう時代に職人が一個一個手作りしていた時代のタイムピースを祖先として持つというところになります。 ここで一つ附言があります。パチ、または海賊版というのは、ここでは機械式時計とは扱いません。これは機械式時計に似てはいますが、まったく違うモノです。パチモノの祖先は、いわゆる絵画などの贋作というべきで、これは機械式時計のカテゴリーではありません。モノの制作動機がまったく違います。新しいモノを創るとき、例えば機械式時計の場合は精度を出そう、あるいは新しいコンセプトを世の中に問おうと思って造ります。価格帯が低い場合は、高価な場合と比較して制約条件が大きくなりますが、それでもその制約条件の中で、デザイナーやエンジニアたちは最善を尽します。一方、パチまたは海賊版と呼ばれるものは、すでに価値が高いとされるものを真似て人様の目をごまかそうと思って作られたものです。動機がいやしく、当然ながらメンテナンスのことなど考えてもいません。 69年当時1万5千円で売られていたホンモノのセイコー5は、40年後の今もメンテナンスされ、似たような価格帯で入手できます。一方、その倍以上の値札がつくこともあるパチモノは、基本的に使い捨てと思って間違いはないでしょう。もともと 「末永くメンテナンスして使ってもらおう」なんてことはまったく考えてないモノです。 今回の画像は、ロンジン最後の自社製ムーブメント、ツインバレルL990の裏蓋を開けたところです。薄型の自動巻、60年代当時、これはかなりのホットトピックでした。腕時計が特別なものであった時代、軍用時計やクロノグラフにはその機能上大振りなものがありましたが、やはり一般的なドレス時計としては薄型でした。自動巻の機械は、腕の振りでゼンマイを巻き上げるためのローターと巻上機構が必要になり、手巻きよりも厚みが増します。堅牢な機械を好んだロンジンは、60年代の薄型自動巻の開発競争には遅れをとっていましたが、最後にこのような優秀なムーブメントを発表します。歴史にifはありませんが、もし、これがもっと早く、60年代に出ていたら。。。と思ってしまうくらい素晴らしいムーブメントです。

機械式時計のどこがいいのか? その15

機械式時計の位置付け、構成要素、クオーツとの比較までを見てきました。さていよいよ本題に入れる準備ができてきたようです。では機械式時計というのは、いったい、どこがいいんでしょうか? 機械式時計は、トルクが大きいために、見栄えのいい大きい針を回せます。クオーツ時計と比較すると、デザイン的には柔軟性があるといえるでしょう。また雷などの電気ショックに強い点も優位です。しかし、明らかに優位にあるのはそのくらいではないでしょうか?たしかにクオーツ時計の部品保有年数はそんなに長くはないですが、部品がなくても電池交換さえ可能であれば、少なくともそれなりの期間、10年程度は使えます。普通のモノで10年使えれば十分いいのではないでしょうか。 一方できちんと作られている機械式時計は、保守さえ行えば50年、60年と使えますが、その保守には1ヶ月程度の時間および数万円~場合によっては数十万円の費用が必要になってきます。 そこまでして保守をして、ただ時間を計測するというツールのために労力を費すのは何故なんでしょうか?そこまでの価値があるという理由はいったいどこにあるんでしょう? 画像はロンジンL990。この時計の素晴しい点はそのムーブメントにあります。現在のロンジンは自社ではムーブメントを作っておらず、スウォッチグループの中堅的なポジションで良質な時計をリリースしています。しかし往年のロンジンは一味違いました。ロンジンL990は、70年代、クオーツショックの真っ只中にリリースされたロンジン渾身の作、最後の自社製ムーブです。クオーツ同等の精度を出すことを目標に開発され、機械式時計で精度を出すために、ツインバレルを採用しています。つまり、普通の時計はゼンマイが一個なのですが、この時計にはゼンマイが二個入っています。他にも、わずかな腕の動きで巻き上げるダイナミック・アイドリングや秒針停止(ハック)機構、日付のクイックチェンジ、カレンダー早送り機構など、さまざまな機能をわずか2.96mmの薄さに収めています。 手に持つと、ずっしりとした重みが伝わります。現在ではこのムーブはレマニア8810として引き継がれており、ブレゲなどの高級ラインなどに使われています。初期のロジェに多く使われているRD57のベースもこのムーブです。

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