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Category 機械式時計はなぜ動くのか

Geneva Drive Tornado

新型脱進機、Geneva Drive Tornadoについての速報です。

機械式時計はなぜ動くのか? その22

デファイ・ラボ 発振子の駆動   物体が振動を繰り返すためには、ある一定周期で力を加え続けるシステムが必要である。そのメカニズムは、このデファイ・ラボではどのように行っているのだろうか。 例によってまずは振り子で考えよう。振り子の振れ幅が小さくなってきたとき、振動を継続させるためには重りに力を加える必要がある。機械式時計の場合、それはガンギ車とアンクルの衝突によって行われ、ガンギ車はヒゲゼンマイの往復運動を時計回り一方向の動きに整えるのと同時に、主ゼンマイからのトルクをテンプに伝え、テンプを稼動させ続ける働きも同時に持っている。 デファイ・ラボも機械式時計であるから、発振子の往復運動を時計回り一方向の動きに整えるのと同時に、主ゼンマイからのトルクを「ヒゲゼンマイ」に伝える働きが必要になる。ここではそれを「アンクル部」と呼ぶことにする。下の図では黄色に着色した部分である。元図については、ここを参照いただきたい。 まず、デファイ・ラボの「ガンギ車」とアンクル部のメカニズムは、比較的従来の機械式時計の仕組みに似ている。「アンクル部」には上下一対の爪が見える。これは従来のアンクルと同様の出爪(上部)と入爪(下部)と捉えてもそう大きな間違いではないだろう。次の問題は、「ガンギ車」とアンクル部の爪の衝突から得たトルクをどう「ヒゲゼンマイ」に伝達するか、である。そこにはヒゲゼンマイに接続されたテンワはなく、シリコンで一体成形された発振子があるのみである。それでも発振子のヒゲゼンマイの相当部分にエネルギーを伝達しないと、機械式時計は止まってしまう。 まずは、よくこの発振子を見てみよう。そうすると実はこの発振子、3つに分割されていることが分かる。発振子の「ヒゲゼンマイ」はこの3つの分割部分それぞれに装備されており、またこの分割部分の角度は、駆動できる「振り角(上部青破線)」とされている+-6度よりも小さくなっていることが分かる。ということは、ある分割部の「ヒゲゼンマイ」が6度の往復運動を行うと、その時は必ず両隣の分割部に衝突が起きていることになる。 ということは、アンクル部から「ヒゲゼンマイ」へのエネルギー伝達もまた衝突によって行なわれているのではないか。 つまり、以下のようなメカニズムと考察する。最初に、アンクル部の上部の爪(出爪)との衝突によってエネルギーを得た外周部は、その分割部に接続されている「ヒゲゼンマイ」にエネルギーを与えつつ、次の外周部に衝突する。伝えられたエネルギーは、その分割部の「ヒゲゼンマイ」にエネルギーを与えつつ、次の外周部に衝突する。こうして一回の往路方向のエネルギー伝達が終了すると、今度は「ヒゲゼンマイ」に蓄えられたエネルギーは元に戻ろうと、復路方向の動作を開始する。その復路の振動が終わると「ガンギ車」とアンクル部の下の爪(入爪)が衝突し、往路方向の振動とは逆方向にエネルギーが与えられる。その往復のエネルギー伝達の図を以下に示す。 これが筆者の考えるデファイ・ラボの「ヒゲゼンマイ」へのトルク供与の仕組みである。例によってこれは動画やプレゼンテーションからの類推した筆者の私見である。ここは間違っているのでは、ここはもっとこう考えるべきでは、などご意見のある方はぜひコメントまたはtwitterまでいただければ幸いである。

機械式時計はなぜ動くのか? その21

デファイ・ラボの「ヒゲゼンマイ」 今週は、心臓部の動作についての解析といきたい。念のためだが、これはあくまで個人の趣味の範囲での推定である。もちろん間違いを含む可能性もある。これは違うのでは?もっとこう考えるべきでは、などアドバイスがあれば、ぜひご指摘いただければ幸いである。 それではまず最初に物体が振動を繰り返すための条件を考えよう。例えば分かりやすい例として振り子を考える。一点につるされたヒモの先に重りをつけ、重りに力を加える。これによって、ある一定周期の往復運動を行わせることができる。このことを振動という。動きが小さくなってきたら、重りをまた揺らせばよい。 つまり、ある物体が振動を行うためには、動くためのスペースおよび稼動する部分の自由度との二つがまず必要になる。いくら振り子といっても、ヒモの接続部に稼動の自由度がなく、接着剤で根本を固められていては振動はできない。動くことができる自由度が必須である。 機械式時計のヒゲゼンマイの動きは収縮である。ヒゲゼンマイは、ヒゲゼンマイに許されたスペースを使って、収縮を繰り返す。その自由度はヒゲゼンマイに接続されたテンワの回転角度、振り角で表わされる。通常は300度程度とされるこの振り角だが、これを0度に固定されてしまうと機械式時計は時を刻むことはできない。 では、このデファイ・ラボのシステム、これはいったいどこが振動しているだろうか、またその稼動のための自由度はどこにあるのだろうか。振り子やヒゲゼンマイの様な稼動箇所はないように見える。第一、この「ヒゲゼンマイ」、まったくゼンマイのような形状をしていない、ただの板状である。その秘密を解く鍵は、先のプレゼンテーションのこのページにある。 この図は何を意味しているのだろうか。筆者の考えは、それなりの大きさの一組の物体を、これもまた一組のヒモで接続することで振動を続けることができるというプレゼンテーションである。一組の物体の片方は固定されている。ヒモによって接続された物体のもう片方は振り子の重りに相当し、ある一定の自由度を持って稼動する。ヒモは平行につないでもいいし、違う場所に接続してもよい。その接続されたヒモに与えられた範囲の自由度で振動を繰り返す。このヒモに相当する部分、直線だけではなく、たわみももって一定周期で揺れているのが分かる。その振動はゼンマイとは違うが、一定のリズムを刻んでおり、しかもこの動きは、ある一方向にねじれるとその反対に戻ろうとする力も持っている。ということは、このサイズさえ小さくできればヒゲゼンマイの代用品として使えるのではないだろうか。 この一組の物体だが、上の物体は固定されており、動いていないから長方形である必然性はない。片方の振り子の重りに相当する物体を稼働さえできれば、丸でも三角でも分割されていてもその形状は自由である。また、この物体の上下の位置関係だが、上下にある必要さえもない。その稼動の自由度さえ確保されていれば、一組のヒモは右端と左端に接続されてもよい。このプレゼンテーションではかなり大きな物体をヒモでつないでいるから、上下でなければなかなか動作は難しいだろうが、小さく軽い物体をバネ状の金属で接続すれば横に位置していても問題なさそうである。 ここで先の図をよく見ていただきたい。接続しているヒモを左右に展開できそうではないか。 これがこの発振子の中心部分である。この部分にトルクを与えることにより、ある一定周期の運動を繰り返す。この場合、一組のヒモで接続された物体の振動になるから、ヒゲゼンマイのような大きな角度の振動はできない。だが、+-6度程度の角度の運動であれば「ヒゲゼンマイ」のたわみによって可能であり、それを一定周期で続けることができる。デファイ・ラボのシステムではこの現象を利用していると筆者は考えるのだが、いかがであろうか。

機械式時計はなぜ動くのか その20

ではデファイ・ラボに対する考察をはじめよう。まずは設計チームのプレゼンテーション動画から始める。 ここ から視聴が可能である。 さすがビバー氏は演出がうまい。プレゼンテーションを行うエンジニアはまるでスティーブ・ジョブスのようにジーンズである。ホイヘンスの発明した時計の原理から彼は解きあかす。Q値に関するプレゼンテーションも含まれている。非常に分かりやすい、いいプレゼンテーションである。ぎっしりとうまった聴衆の中には、熱心に聞いている男性もいれば、時々写真をとるがあとはずっとスマートフォンをいじっている老紳士もいる。最前列の女性は頻繁に髪をかきあげ、足をゆらし続けている。技術プレゼンテーションとしてはいいプレゼンテーションなのだが、招待客の層からすると、すこし場違いな感じもするプレゼンテーションである。10分を少し超えてプレゼンテーションは終わり、司会者が「では後は私が引き取りましょう」。続いて本題であるビジネスの話をしたのであろう。 ビバー氏自身、ビジネスマンたちが本気で時計のメカニズムに興味があるとは思っていないであろう。だが、このようなプレゼンテーションを行えば、ゼニスの新技術をプレスが広めてくれると思っているに違いない。たしかにそれは正しく、そのプレゼンテーションから筆者はこのような記事が書くことができる。なおこの記事はあくまで筆者の私見である。間違いがあれば何なりとご指摘いただきたい。 まずは心臓部の発振子から見ていこう。以下の図は技術プレゼンテーションの動画と同じサイトからである。日本語部分が筆者による追加である。 発振の中心であるヒゲゼンマイに相当する部分は、髪の毛の半分以下、薄さ20umの薄さのシリコンで構成される。これが中心に対称に3つ配置され全体の円環をささえている。このヒゲゼンマイ相当部分だが、中央部で円弧を描いているのが分かる。これがこの発振子の心臓である。この円弧を描いている部分がわずかにねじれることにより、この円環全体を+-6度という微小な角度でセキレイの尾のように揺らし続ける。その速度が15Hz(一秒間に15往復)という高速になる。 右上に緩急針に相当する調整用の音叉のような形状の部品が見える。この音叉状の部品は板バネのような形状の部品を経由して外周に接続されている。この板バネが髪の毛と同等かそれより薄い形状になっており、力を加えることによりこのシリコンの形状を変化させることができそうだ。それによって発振周波数を調整すると考えることができる。 次にアンクルである。+-6度の往復運動を続ける発振子を時計回り方向の歯車の動きに整えるために、またシステム動作のためのトルクを受けとるため、「ガンギ車」との接続部分が必要である。これが図の下のほうに見える。 これで三つの主要な部品が揃った。一番の特徴は、この三つを一体成形で作っているためにテンプが存在しないことであろう。このため、テンプの軸受けのルビー、アンクルの爪石など注油が必要な部品はこの発振子にはなく、注油作業が不要となる。注油箇所は輪列部分のみとなり、メンテナンスはかなり楽になりそうである。 次にシリコンという材質について、シリコン製のヒゲゼンマイと同様のメリットを享受できる。つまり耐磁性が高く、温度の影響は小さい。 さらにシステムとして発振角度が小さいことは、この発振子を動作させるトルクが小さくてもよいことを意味する。動作のために必要なトルクは回転角度に比例する。通常のテンプの振り角を280~300度程度とすると、このシステムの動作に必要なトルクはおおよそ1/46~1/50となる。ということは、主ゼンマイのトルク変動による精度への影響も小さいことが予想できる。 最後に重力の影響だが、この「ヒゲゼンマイ」は時計の大きさに対して対称にバランスして配置されている。ということは、ある姿勢で一箇所が大きく影響を受ければ一箇所は少なく影響を受けるというふうにプラスとマイナスとでバランスがとれるように設計されているように見える。そのため、姿勢差も少ないと予想できる。 このように、このシステムを機械式時計として見た場合、かなり理想的なシステムに見える。 以下がHodinkeeによる「ガンギ車」の動作部分である。アンクルの爪石などはないことが分かる。

機械式時計はなぜ動くのか その19

ビッグニュースが飛びこんできた。ゼニスのデファイ・ラボである。なんと15Hz(振動数でいえば30振動)という高周波で動作し、その精度はおおよそ10倍だという。15Hzというのは、いままで高振動とされてきたエルプリメロの10振動(5Hz)の3倍もの速度である。しかもそれが機械式で動作するというのだからすごい。 やはりこのメカニズムについても考察を加えなければいけないであろう。 例によってQ値と精度の関係から予測したい。10倍の精度をもたらすためには Q値もおおよそ10倍である必要があった(機械式時計はなぜ動くのか その14))。この時計の周波数は通常4Hz(8振動)とされている時計のおおよそ4倍の速度である。たしかに周波数が高いことは精度向上に寄与する。しかしながらクォーツ時計の発振周波数は機械式時計の1万倍もの速さであるが、Q値として比較すると10倍~100倍のオーダーでしかなかった。 ところがこのデファイ・ラボ、10倍の精度を4倍の発振周波数で達成するという。ということは、これは従来の機械式時計の仕組みではなく、新しいシステムに分類されるということになるだろう。C.O.S.Cクロノメータ規格が-4~+6秒であるから、この10倍の精度を達成するとすると、日差+-0.5秒程度、一ヶ月でも15秒程度である。つまり、通常のクォーツ時計と同等の精度が期待できる新しい機械式腕時計のシステムが誕生したということになりそうだ。 どのようにしてこれを実現したのか。半導体/MEMS技術である。シリコンの単結晶をクリーンルームで結晶成長させ、好みの形に仕上げる。この技術は、例えばDLPを使ったプロジェクターなど、実は広く身近で使われている技術の一つである。いかにもギイ・セモン氏らしい目のつけどころだ。タグ・ホイヤーの技術顧問だった時代の彼の話を聞いたことがあるが、彼は現状の時計業界に大きな不満を持っていた。曰く「機械式時計のシステムは古すぎる。新しい技術がほとんど導入されていない。航空宇宙技術などの進展は著しいのに機械式時計の世界は100年前の技術を使い続けている」。その言葉通り、タグ・ホイヤーの技術顧問だった時代、彼はベルト駆動のモナコV4、振動子としてヒゲゼンマイの代りに永久磁石を使用したペンデュラムなどの開発をリードしてきた。今回のデファイ・ラボは、いままで彼が開発してきた製品の中では、もっとも古い安定した機械式時計のシステムに近いシステムといっていいのではないだろうか。 今後少しの間、このキャリバーを見ていくことにしたい。以下がこの革新的なキャリバー Zenith ZO342についてのwatch.tvによる解説ビデオである。  

機械式時計はなぜ動くのか その18

ようやくQ値という物理量が時計に関係する量になってきた。テンプを取りだすのは時計師さんでなければ難しいが、手巻き時計を持っておられる方なら分かるであろう。止まってしまった手巻き時計を手に取るとしばらく秒針が動いていることがある。一回動きだしてしまえばそれは簡単には止まらずしばらく動いている。一回止まると電池を交換しないと動きださないクオーツ時計に慣れていると奇妙な現象だが、高精度な時計であればあるほどこの時間は長くなるはずである。つまり、Q値の高い時計であればあるほど、その一回の回転のロスは小さい。ということは一旦動いてしまえばその動き続ける時間は長くなる。 もちろんこの場合は一回動き出したテンプのトルクから秒針を含む輪列も駆動する。その分もテンプのエネルギーは消費されるから正確なQ値は算出できない。しかしながらいちおう参考までに手元にある時計でいくつか測ってみると、ナビタイマー806が30秒くらいは動いており、このウェブの表紙にもなっているVZSSは10分!くらいは動いていた。高精度を目指して作られた時計が今でも十分通用する精度で動作する傍証の一つといえるかもしれない。 さて高精度な機械式時計を作るためにはどうすればよかったか。トルクのロスをできるだけ抑えるため、歯車を磨く。テンプにひげぜんまいを使う。穴石をきちんと埋め込み、歯車がきちんと動作するようにする。これらが昔から機械式時計の作成者たちが連綿と行ってきたことである。これを行うことで機械式時計は十分な精度が出る。Q値の理論が提唱される以前から時計を作ってきた人たちは当然ながらそのことを知っていた。 実はその仕組みはおそろしく完成された仕組みだったのかもしれない。そして、そのことは現代の理論でも証明されているといえるのかもしれない。 今週の時計はブライトリングナビタイマー 806である。世界で最初に回転計算尺を装備したモデルである。電子式コンピュータなどない時代、当時は対数の計算に計算尺を用いていた。これより大分時代が下ったアポロ計画でも船内では計算尺を用いて計算が行なわれた。それが常に腕に装備されているとは、当時は本当に実用的な腕時計だったに違いない。 この稿は、一回これにて筆を置くこととしたい。

機械式時計はなぜ動くのか その17

Q値という「物理量」についての話を続ける。「物理量」とはそもそも人間が考えた仮説の一つであった。仮説は、汎用的な概念を含んだ仮説であればあるほど分野を超えて広く使われるようになる。ニュートンの「万有引力の法則」では、リンゴが落ちるときに働く力と、天体と天体との間に働く力とは同じ法則に従っていると説く。一見まったく違った現象に見えるそれらを汎用的な法則で説明したからこそニュートンは偉大であった。 Q値に戻る。この概念は、Valjoux 22 の初出と同じ1914年に提唱された。それ以来、分野を超えて振動現象の品質について広く使われる定義になっている。振動現象とは、ある一定期間内に繰り返される周期的な運動のことであり、ヒゲゼンマイの収縮運動は間違いなく振動現象である。そうなると、時計の場合もQ値は定義でき、実際に以下のように定義される。 Wはその振動現象を行っているシステム、ここではテンプに蓄えられるエネルギー、ΔWは一回の振動で失なわれる量である。 つまりは、一回テンプを動かして、それがどのくらい動き続けたかを観測できれば時計のQ値は実測できる。実際にテンプのみを取りだして、一回それを収縮させ、それが20秒間動き続けたとしよう。この場合 Q値はおおよそ300になる。5振動は 2.5Hzであるから一秒あたり2.5回往復運動をする。それが 20秒動作したということは 50回テンプが往復運動をしたということになる。ということは、一回の往復運動で1/50ずつエネルギーが失われ続けたということになるから、その往復回数に2πを乗算すればQ値は計算できる。 一方で例えば5振動の時計のテンプが2秒で止まってしまったとしよう。この場合Q値はおおよそ30になる。Q値が一桁違えば精度はおおよそ一桁変わってくると予測できた (機械式時計はなぜ動くのか その14)から、Q値が30の時計の日差が+-60秒程度だとすると、Q値が300の時計はおおよそ日差+-6秒程度に収まるであろうことが予想できる。もちろんQ値のみで日差は決まるわけではなくあくまで目安でしかないが、物理法則とはかくも素晴しく、我々の生活に予測を与えてくれるもののようである。 今週の時計は、「世界初の自動巻きクロノグラフ」の系統を汲むcal.12を搭載したホイヤーコルティナである。ホイヤーの70年代モデルの中ではあまり見かけないモデルだが、オクタゴンのフェイスやブレス一体型のデザインなど、1970年代の雰囲気がよく出ている時計だと思う。このモデルに関しては以下のリンクが詳しい。 ULTIMATE GUIDE TO HEUER CORTINA

機械式時計はなぜ動くのか? その16

さてQ値とは、ネットワークの損失を説明するために電気工学で導入された「物理量」であった。それがなぜ機械式時計に関係あるのだろうか。そのことに辿りつく前に、今回は、前提として一般的な「物理量」という定義について稿を割きたい。 物理量とは、ある現象を説明するために人間が仮定した量(はかり)のことである。例えば「万有引力の法則」を説明する一つの物差しとして、代表的な物理量の一つである 重力加速度(G)が用いられる。 この法則の場合、リンゴが落ちるのを見て物理法則をニュートンが「発見」したとされている。しかし、リンゴでもナシでも鉄球でもよいが、モノが上から下に落ちるのは、石器時代でも皆が認識していたのは間違いない。ニュートンが偉大だとされているのは、そこに汎用的な物理法則を見い出したことによる。曰く、重力の大きさは距離の二乗に反比例し、二つの物質の質量の積に比例する。この法則はどんな物質にも作用する、地球とリンゴとの間に作用している力は地球と月との間にも作用する。そして地球上の物体については 重力加速度(G)という物理量を仮定でき、月の場合にこの物理量を定義すると、地球に比べておおおよそ1/6の値となる。この仮定は、様々な現象をよく説明できるため、現代では当たり前のこととして広く受け入れられている。 ところでこの「現代では当たり前」の物理法則だが、その認定にはしばしば大きな議論がなされてきた。物理法則というものは、そもそもが人間が作った仮説の一つである。厳密な数学上の証明とは違い、その性質上100%の証明は不可能である。ある法則を仮定した場合に、いろいろな現象がうまく説明できるという帰納的推論を提唱し、追従する実験によって演繹的に確かめられ、議論の結果「その説はおおむね正しい」と多数に認定されるというプロセスを必要とする。今では常識となっている一般的な法則についても、この認定プロセスに多年の議論がなされている例は数多い。天動説に対して地動説を唱え、「それでも地球はまわっている」と言ったとされているガリレオ・ガリレイの話はあまりに有名だが、中学生で習うオームの法則(電圧=抵抗×電流)でさえも、数十年ものあいだ「科学的事実」とは認められていなかった。 さて「物理量」の話が長くなった。次回はQ値という物理量について見てみることににしたい。 今週の時計もオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルである。先週との違いがお分かりだろうか?

機械式時計はなぜ動くのか その15

機械式時計の精度について説明するための一つの概念、Q値についての考察を続ける。アカデミックなQ値のイメージはなんとなく分かっていただいたとしても、具体的な皮膚感覚においても、これが意外とマッチするのである。下の図が発振周波数、Q値、日差の例を併記した表である。 クオーツ時計の場合、発振周波数が機械式時計に比較して高いから精度がよいと喧伝されている。日差5秒の機械式時計に対して、日差1秒未満、月差15~25秒程度のクオーツ時計というのは納得できる範囲だろう。素晴しく精度が良いようにも思えてしまうが、周波数で比較すると、1万倍もの高い周波数に対して、その精度はたかだか10倍程度である。思ったほどよくもない気がしてしまう。 一方で発振周波数ではなく、Q値による比較を行うと、Q=300程度の機械式時計に対して、クオーツ時計はQ=3000程度、おおよそ10倍である。このくらいの精度の差が、実によく機械式時計の精度とクオーツ時計の精度の差を表わしているように見えてこないだろうか。 画像はオメガ・スピードマスタープロフェッショナル。最初に月に行った時計としても有名な時計である。

機械式時計はなぜ動くのか その14

機械式時計の精度を表わすために、Q値という概念が有効であるという話を続ける。まず、Q値のイメージである。これは前出の The story of Q からの引用になる。 ここでのQ値は、横軸が周波数、縦軸が電流になっている。この図で、Q値が50、100、∞と大きくなればなるほど周波数の範囲は狭くなっているのが分かる。つまりは、Q値が大きくなればなるほど、周波数のばらつきは小さくなる => 精度は安定するであろうことが分かる。 Q値は、機械式時計にも定義可能である。もともと電気工学から定義されたこの値は、現在では、発振現象の安定性を示す数値として広く用いられている。そこで次に、時計の精度とQ値との関係を表わしたグラフを示す。(参考: 2015年のイギリスの物理学者 Douglas Bateman の講演の抄録 Measuring Q, the Quality Factor) この図は、対数グラフと呼ばれるものである。時計の仕組みによって、その日差は 5s/day, 1s/day, 0.2s/day, 0.01s/dayと小さくなっていく。これをそのまま通常のグラフにしてしまうと振り子時計の日差0.2s/dayと 高精度振り子時計の日差0.01s/dayとではグラフ上で差が見えなくなってしまう。そこで縦軸の目盛りを10, 1, 0.1 と1/10ずつ減らすようにしていくと、これらの差がより分かりやすくなる。一方で横軸は、発振の安定性を示すQ値である。この値は、精度がよくなれば増えていく。そのため、逆に10, 100, 1000 と目盛りを10倍ずつ増やすようにする。そうすると、それぞれの日差とQ値の間に一本の線を引くことができる。どうやらQ値と日差との間には何らかの関係がありそうではないか。

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