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機械式時計のどこがいいのか その37

腕時計にとってブランドとは、その所有者にとっては一、二に大切なものであろう。好きなブランドの時計を身につけることで、自分っていまこれを装着しているんだ、と自己満足にひたることができる。このような装飾品として、女性には宝飾品があるが、男性にはなかなかこのような装飾品というのは見当らないのではないだろうか。 ただいくらそのような高級時計といっても価格帯でいえば、その価格はせいぜい国産の軽自動車から国産乗用車の中級クラスの価格である。ということは、ローンさえ組めば一般的な社会人であれば誰でも購入できる物品であるということでもある。しかしそれが好きな人の場合、そのお気に入りのブランドの時計をつけている満足感は、乗用車に乗っているそれよりはるかに大きい場合がある。自分のアイデンティティと言う人までいる。 たかだか時刻を知らせる機械でしかない時計に、この満足感はどこからくるのであろうか。これからしばらくは時計のブランドというものについて考えてみたい。 最近EPSONからTrumeという新しいブランドが発表された。 ウェブページからキャッチコピーを引用する。 「1942年の創業以来、磨き続けたウオッチ製造技術と、 高精度センシング技術。 エプソンが培ってきた多彩な技術を結晶し、 誕生した独創の高機能ウオッチ”TRUME”。」 この文章には少し解説が必要であろう。 1942年の創業というのは、当時第二精工舎(亀戸)が出資し、諏訪市に(有)大和工業を設立した年である。これが諏訪精工舎の起源であるとされており、EPSONは創業をこの年であるとしている。 このキャッチコピーにある通り、その後の諏訪精工舎の開発の歴史は華々しい。 国産時計として代表作となる マーベル 初代ロードマーベル 初代グランドセイコー はすべて諏訪精工舎の作であるとされているし、1969年には二つの世界初を同時に達成している。 クオーツアストロン 「世界初」自動巻クロノグラフ セイコー5スポーツ 6139 これだけ見ても素晴しいきら星のような履歴である。当時の精工舎が諏訪に開発拠点を設けたのは間違いなく大成功であった。 その上、近年ではグランドセイコーのクォーツムーブメント9Fおよびスプリングドライブを開発したのも旧諏訪精工舎の流れを組むセイコーエプソンとなっては、「磨き続けたウオッチ製造技術」を名乗る資格は十二分にあると言えるであろう。 今週の時計はロードマーベル。国産時計初の高級時計としてデビューした、まごうことなき高級時計である。

機械式時計のどこがいいのか? その13

さてクオーツ時計と機械式時計の比較の続きです。精度、トルクとみてきましたが、今回はメンテナンスの差、オーバーホールについてです。 腕時計のオーバーホールの場合、おおよそ次の手順からなります。 外装チェック、洗浄 防水チェック、必要であればリューズ、パッキンなどの部品交換 ムーブメントの分解、洗浄、注油 この内、外装や防水のチェックについてはクオーツでも機械式でもそう手間は変わりません。大きく違うのはムーブメントの分解、洗浄、注油工程になります。部品数の多い機械式時計の場合は、この工程がそれなりに手間がかかります。機械式時計は、比較的大きなトルクで複数の歯車を駆動します。そこで、部品の摩耗対策が必須になります。このため、とくに摩耗が大きい歯車の軸には受け石と呼ばれるルビーを配置し、そこにオイルを塗布します。画像は1968年製造のオメガ861。裏蓋を開けたところから見えるルビーの位置には矢印を置いてます。画像で下のほうに見えるのがテンプで、これがオメガ861の場合、一秒あたり6振動、一分では360振動もします。 一方、クオーツ時計は、モーターで針を駆動し、そのトルクは機械式時計と比較すると弱いです。その上クオーツ時計は部品点数が少なく、機械式時計のテンプのようにせわしなく回転する部品はありません。クオーツ時計の場合、一番速く回転する部品は秒針で、1分で一回転します。機械式時計と比べると部品に与える負荷が非常に小さいのが分かります。 なお、クオーツ時計もたいていの場合受け石があります。これは一つのモーターで複数の針を駆動するからで、その場合、基準となるモーターの回転数を調整する歯車が必要になります。その歯車は、ある回転軸の回りを常に回転していますから、摩耗対策が必要であれば、そこにはルビーが置かれるでしょう。世界最初のクオーツ時計、アストロンは8石のムーブメントを搭載していました。 そして、受け石があるということは、クオーツ時計も分解、洗浄、注油というオーバーホールはしたほうがいいということになります。しかしながら、クオーツ時計の場合、部品の損耗が機械式時計よりは段違いに小さく、結果的に電池交換だけで10年とかは普通に動くことになります。ただしケースの防水性の劣化は、機械式時計、クオーツ共に変わりませんので、防水性が必要な時計は定期的にチェックしましょう。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その16

なんだか日本人としては非常にもったいない気分になってきました。では、なぜセイコーのアナウンスが遅れたのか、そのあたりをちょっと探ってみましょう。 一つには当時セイコーはバーゼルには参加していませんでした。なので、バーゼルで発表するという手段がそもそもありませんでした。またセイコーの時計が世界的にブレイクしたのはやはりアストロンの発表後です。ところでこのアストロンの発表も、銀座の和光での発表のみでした。そもそも世界的な発表をするという手段の選択自体が当時は難しかったことが伺われます。 また、セイコーが自動巻クロノグラフのプラットフォームにローコストのセイコーファイブを採用したということも多少は影響したかもしれません。アストロンの定価は当時45万円、これは普通車よりも高い値段でした。これくらいのモノになるとやはりきちんとした場所できちんと発表しなければいけないという気分にならざるをえませんが、一方のセイコーファイブスポーツは16000円と18000円という値段付けでした。大学卒の初任給が3、4万円のころですからけっして安くはありませんが、それでも高価な時計の中ではローコストのほうでした。 ちなみにゼニスのエルプリメロの日本での定価は14万5000円。キャリバー11を搭載したホイヤーのカレラが9万3000円、モナコが10万5000円でした。 セイコーのウェブページでは、自動巻クロノグラフの開発は「国産初」ということになっています。また、2003年にセイコーが出版した英語の「A Journey in Time」にはセイコーの「国産初」のクロノグラフのことはまったく触れられていないようです。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その11

IEEEという国際的にもかなり権威の高い学会に認められたセイコーアストロンの受賞でも日本語と英語が微妙に違う、という話でした。 ここで重要なのは以下のポイントです。 英語の原文では、一般向けと明示されています。業界ではすでにクォーツ時計は使われていました。セイコーの社史にも1958年、放送局向けのクォーツ時計を商品化とあります。 英語の原文では、「量産」と「発表」とを明示的に分けています。つまり、諏訪精工舎はセイコーグループの時計を生産する会社として、世界初の時計の量産に成功しました。その発表は1969年の12月25日に行なわれた、となっています。 特にこの2.「量産」と「発表」とが分かれている点が重要です。つまりは、量産の準備さえできていれば、センセーショナルな発表の後に量産を開始、実際の「発売」は後でもいいことになります。 ところが日本語訳では、一言で、1969年12月25日に「発売」した、となっています。「発売」という場合、すでに量産は完了しており、その発表当日に量産一号を入手することができるわけです。発表前に量産しているのは当り前のことで、わざわざ量産と発表とを分ける必要はない。腕時計は量産してナンボであって、準備ができたから発表した、その日にはモノを入手できるのは当り前だよ、ということなのでしょう。 さて、この日本の常識って、世界の常識なんでしょうか?

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その10

さて世界初の話の続きです。この定義がどのくらい難しいのか、クォーツの世界初の話を例にとって検証してみましょう。 セイコーは、2004年、クォーツ式腕時計の開発で、IEEE(アメリカの電子情報通信学会)からマイルストーン賞を受賞しています。IEEEは電気、電子業界では国際的にも権威が高い学会です。その学会に認められたことよる受賞ですから、少なくとも公平な立場から見て世界的に大きなインパクトを残したと、世界から認められたということに他なりません。 ではその日本語を見てみましょう。 抄訳すると、 10年間の開発努力の末、1969年12月25日に世界に先駆けて発売した、 となっていますね。 この「発売」が重要です。ちょっと気にかけておいてください。 IEEEはアメリカの学会ですから、原文は英語です。 簡単に訳してみますと、 諏訪精工舎は、セイコーの生産会社として、一般向けとして最初のクォーツ腕時計を量産した。それは1969年の12月25日に東京で発表された。 となります。 ちょっと違うのが分かりますね。これが実はかなり大きな違いになってきます。

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