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Tag エルプリメロ

機械式時計のどこがいいのか?その8

一般的な機械式時計とクオーツ時計の比較をしましたが、もうちょっと掘り下げた比較をしてみましょう。まずは時計に求められる大事な機能、「精度」です。よく時計雑誌には、クオーツ時計は、一秒あたりの発振周波数が高いから高精度、と書いてありますよね。これって本当に正しいんでしょうか? クオーツ時計の用いる水晶振動子の基準周波数はおおよそ3万2千振動です。機械式時計は、高振動とされるエルプリメロでもテンプは10振動しかしません。これって、ものすごい差ですよね。32000円あれば、10円のチロルチョコが3200個買えます。周波数が高いから高精度というのなら、ふつうのクオーツ時計で機械式時計の3200倍は高精度であって欲しいです。でも実際には、機械式時計の一日あたりの誤差を10秒、クオーツ時計の誤差をおおよそ一ヶ月あたり10秒として比較すると、たかだか30倍でしかありません。期待した精度の1/100です。チロルチョコが3000個買えると思っていると、30個しか買えなかったというのではなんとなく腑に落ちません。 気になってきましたので、基準周波数を発生させる水晶振動子の仕様を見てみましょう。これは、ケータイなどに使われる比較的高精度のクオーツ振動子のスペックです。 Frequency toleranceというのが発振周波数がどの程度安定しているのかという仕様になります。PPMというのは、最近では千葉の断水のときにも出てきました。ホルムアルデヒドなどの検出単位にも使われています。「100万分の1」= 0.0001% のことです。つまりこの振動子は、32000Hz+-0.002%の精度で安定しているということになります。こう書くと、なんだかすごくいいモノのような気がしますが、実はそうでもありません。この精度だと、一日あたり+-1.7秒、一ヶ月では+-51秒もの誤差が出てきます。 そしてこの精度が、量販されている電波置き時計の精度になります。説明書には、電波を受信しないときは平均月差+-30秒と書いてあると思います。これがおおよそ20PPMのクオーツ振動子の未調整の精度です。一方で一般的なクオーツ腕時計の精度はおおよそ月差+-15秒です。これは実は調整済みの精度ということになります。 さらに精度を高めたいときは、水晶の発振周波数の温度特性を調整します。代表的な温度特性を以下に示します。室温の20~30度ではほぼフラットですが、10度になると0.8秒、0度になると2.2秒遅れがでてきます。セイコーの年差クオーツ、ブライトリングでいうスーパークオーツはこの温度特性も調整します。この結果、年差クオーツで+-10秒(0.3PPM)、スーパークオーツで+-15秒(0.5PPM)という精度を実現しています。

機械式時計のどこがいいのか? その6

機械式時計の位置づけ、構成要素、工業製品としてのデザイン上の制約、幅広い製品ラインアップまでを駆け足で見てきました。そういう、ある制約に基づいて作られた工業製品、機械式時計。そういう製品のどこがいいんでしょうか?それをもう一度検討してみます。 まず、いい、悪いを決めるというのは、簡単な話ではないです。いい、悪いというのは絶対的な判断基準ではなく、相対的な価値観です。AはBと比較していい、ということはいえますが、Aは絶対的にいい、Bは絶対的に悪い、ということはできません。 モノの価値を決めるのは人間ですから、ある人が「これはいい」といえば、それはそれでいいモノである、といえます。判断基準となる好みは人によって千差万別です。ロレックス デイトナがいいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうし、パテックフィリップの名作Ref.96がお好きな方もいらっしゃるでしょう。また、セイコー5がいいという方もおられるでしょう。 次に、いい、悪いの比較対象です。現代のわれわれはきっと「機械式時計」という場合、比較対象としてクォーツ時計を思い浮べると思います。「時間を知るだけだったら、ケータイでいいじゃん」「クォーツが正確だし、わざわざゼンマイ巻かなくていいし、なんでローテクの機械式時計?」まったくおっしゃる通りです。そこで、少しクオーツ時計について見てみることにします。 クオーツ時計は、一日に10秒程度は誤差がある機械式時計と違って、その誤差は一カ月で10秒程度におさまります。ざっと30倍は精度がいいことになります。また耐衝撃性も高いです。機械式時計は、テンプが一秒間に数回の往復運動をすることで一定の時間を刻みます。この部分が、どうしても衝撃に対しては弱くなります。クオーツ時計の場合、一定クロックを生成するのは水晶の固体振動子になりますので、衝撃に対して強くできます。そしてクオーツ時計は電子機器ですので、部品点数は機械式時計に対して少なくできます。100以上の部品を必要とする機械式時計に対して、おおよそ約半分の部品数で構成されます。しかも、電池式ですからいちいちゼンマイを巻き上げなくても、使いたいときに使えます。精度はいい、衝撃にも強い、使い勝手はいい、しかも電子機器ですから安価です。ここまで揃っている時計があるのに、なぜ機械式時計がいるんでしょうか。 実際にクオーツ腕時計の発明の結果、1970年代には機械式時計は絶滅寸前まで追い込まれてしまいます。1969年、ゼニスは、自動巻きクロノグラフとして有名なエルプリメロを発表しますが、そのわずか3年後には、アメリカのラジオメーカーに買収され、機械式時計の生産中止を言いわたされることになってしまいます。

機械式時計のどこがいいのか? その1

ナイジェリア詐欺、自動巻クロノグラフの黎明期と見てきましたが、ここらあたりで、機械式時計がなぜ必要なのか、どこがいいのか、私なりの見解をまとめておきたいと思いました。「時間を知る」という機能に限っては、かつてこれはかなり難しい専門家の仕事でしたが、現代ではもう機械式時計は不要です。携帯は誰でも持ってますし、そこらじゅう時計であふれています。機械式時計をつけていても、正確な時刻は携帯で見るという人もいます。 数万円も出せば立派なクォーツ時計や携帯が買える現代、それ以上、場合によってはその数倍~数十倍の金額をかけても入手したいもの、それはいったいなんなのでしょう? 一言でいえば、ラグジュアリー、不要不急の贅沢品がなぜ必要になるのか、という疑問に置き換えることができると思いますが、どうも人は機械式時計にある種類の夢を持つことがあるようです。ある人は、男にとってほぼ唯一の身につけられるアクセサリーだから、といいます。またある人は、腕時計をつけるのは宇宙を腕につけるのと同じことだ、といいます。とあるブランドのCEOは、ラグジュアリーとは砂漠における一杯の水だ、と書いてました。表現は違えど、どうもこれらの方々は、機械式時計は不要不急の贅沢品などではない、ある種類の人間の生存に必要な何かを満たしているのだ、と言いたいようです。かくいう私も時計を忘れてしまうと、かなり何か物足りない感じがしてしまいます。 写真はクロノグラフの最高峰の一つ、ロレックス デイトナ。1999年ごろのものです。ムーブメントには、ロレックスが徹底的にチューンしたエルプリメロを搭載しています。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その18

最初に自動巻クロノグラフをリリースしたのは、どこのメーカーだったのか、まとめです。 ゼニス/エルプリメロ…ゼニスのウェブでは、「完全一体型のコラムホイール式自動巻クロノグラフ・ムーブメントを開発した最初の時計メーカー」と主張しています。どうもライバル のホイヤーーブライトリング(カム式、モジュール型クロノグラフ)に対して「難しいことをきちんとやったから時間がかかったんだ」という負けた怨念が垣間みえるようです。たしかにエルプリメロの完成度は高く、現在まで通用する基本設計がなされていました。 ホイヤーブライトリング/キャリバー11…ホイヤーのウェブでは、初の自動巻クロノグラフムーブメントを開発、発表となっています。ブライトリングのウェブでは、共同で自動巻クロノグラフを開発した、となっています。どちらかも余裕のコメントですね。やはり時計は量産できてはじめて製品といえるのでしょうから、世界で一番早く自動巻クロノグラフを製品化した、またそれを分かるようにきちんと発表もしているという自信があふれているように見えます。キャリバー11自体は、マイクロローターの巻上効率が悪く、すぐにキャリバー12へと更新されていますが、このモジュール構成は後のムーブメントに大きな影響を与えました。現在、同様のモジュール構成をとった自動巻クロノグラフムーブメントとしては、有名なバルジュー(ETA) 7750があります。 セイコー…発表はホイヤー-ブライトリングに遅れること二ヶ月の5月です。しかしながらホイヤーープライトリングのキャリバー11の量産が夏であることを考えると、ほぼ間違いなく量産を開始したのは一番早いです。69年3月という量産初期のシリアルの時計がけっこうウェブで見つかります。クロノグラフのピラーホイール制御、世界初の垂直クラッチの採用と設計にも見るべきポイントがあります。この垂直クラッチは近年のクロノグラフムーブメントに大きな影響を与えています。有名なところでは、ロレックスのデイトナ4130にも採用されています。 1969年1月10日 ゼニスがエルプリメロの試作品をスイスの特定のプレス向けに発表 1969年3月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を量産開始 1969年3月3日 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11を大々的に発表(スイス、ニューヨーク) 1969年4月 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をバーゼルで発表 1969年5月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を発売 1969年夏 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をデリバリー開始 1969年10月 ゼニスがエルプリメロをデリバリー開始 この稿、これで終わります。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その16

なんだか日本人としては非常にもったいない気分になってきました。では、なぜセイコーのアナウンスが遅れたのか、そのあたりをちょっと探ってみましょう。 一つには当時セイコーはバーゼルには参加していませんでした。なので、バーゼルで発表するという手段がそもそもありませんでした。またセイコーの時計が世界的にブレイクしたのはやはりアストロンの発表後です。ところでこのアストロンの発表も、銀座の和光での発表のみでした。そもそも世界的な発表をするという手段の選択自体が当時は難しかったことが伺われます。 また、セイコーが自動巻クロノグラフのプラットフォームにローコストのセイコーファイブを採用したということも多少は影響したかもしれません。アストロンの定価は当時45万円、これは普通車よりも高い値段でした。これくらいのモノになるとやはりきちんとした場所できちんと発表しなければいけないという気分にならざるをえませんが、一方のセイコーファイブスポーツは16000円と18000円という値段付けでした。大学卒の初任給が3、4万円のころですからけっして安くはありませんが、それでも高価な時計の中ではローコストのほうでした。 ちなみにゼニスのエルプリメロの日本での定価は14万5000円。キャリバー11を搭載したホイヤーのカレラが9万3000円、モナコが10万5000円でした。 セイコーのウェブページでは、自動巻クロノグラフの開発は「国産初」ということになっています。また、2003年にセイコーが出版した英語の「A Journey in Time」にはセイコーの「国産初」のクロノグラフのことはまったく触れられていないようです。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その15

ではセイコーのクロノグラフはどうだったのでしょう?もう一度年表を並べてなおしてみましょう。 1969年1月10日 ゼニスがエルプリメロの試作品をスイスの特定のプレス向けに発表 1969年3月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を量産開始 1969年3月3日 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11を大々的に発表(スイス、ニューヨーク) 1969年4月 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をバーゼルで発表 1969年5月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を発売 1969年夏 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をデリバリー開始 1969年10月 ゼニスがエルプリメロをデリバリー開始 こう並べてみるとどうですか? どうも一番最初に自動巻クロノグラフを作ったのはセイコーのような気がしてきませんか? ただし、残念なことにセイコーの発表は5月でした。これではセイコーの自動巻クロノグラフは、極東の島国でひっそりと量産が開始され、ひっそりと島国向けにアナウンスされた、ということになってしまっても仕方ないかもしれません。 セイコーの自動巻クロノグラフは、セイコーファイブというローコストの時計をベースにしていましたが、設計にも見るべき点がいくつかあります。クロノグラフの制御にはピラーホイールを採用しており、また垂直クラッチを世界で初めて採用しました。この垂直クラッチ、いまではロレックスのデイトナが採用していることでも有名ですが、その世界初の採用はこのファイブスポーツです。 画像は一番初期のプロダクションロット、1969年3月のセイコースポーツファイブです。それなりに数がありますので、やはり量産に成功した後でアナウンスした、と見るのが自然と思えます。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その13

さて、世界初の定義がそう簡単ではなさそうだということは分かっていただけたと思います。 いよいよ1969年の出来事を年表にまとめてみましょう。 1969年1月10日 ゼニスがエルプリメロの試作品をスイスの特定のプレス向けに発表 1969年3月3日 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11を大々的に発表(スイス、ニューヨーク) 1969年4月 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をバーゼルで発表 1969年5月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を発売 さて、これだけ見ると、どこが一番最初に自動巻クロノグラフを作ったように見えるでしょうか? 発表の順序だけだと、ゼニスですね。ただこの時はいくつかの試作品だけでした。実際にエルプリメロが入手できるようになるのはこの1969年10月です。やはりある程度量産の目処がたたないと大掛かりなプレスイベントは出来ませんし、一般大衆の注意を引きつけるのはちょっと難しいかもしれません。 エルプリメロは、1969年に発表された自動巻クロノグラフの中では、唯一現在でも入手できるムーブメントです。これは当時のエルプリメロの開発陣の設計思想が非常によかったということを歴史が証明しているとも言えます。また、かなり高いところに設計目標を置いていたため、当初の開発に時間がかかったのも致しかたないとも言えるかもしれません。 写真はテレビアニメ、ルパン三世から。次元大介もエルプリメロを使っていました。

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