仕上げの話、まだまだ続きます。今回は、オーデマピゲのロイヤルオークを取り上げます。ステンレス製の高級スポーツ時計という分野を開拓した時計です。オーデマピゲやパテックフィリップといった「超」のつく高級時計メーカーは、ステンレスという素材を原則として使っていませんでした。そのほとんどが金無垢の素材の時計で、ステンレスを使うのはほぼスポーツラインのみです。そのステンレス製のスポーツラインの嚆矢がこのロイヤルオークです。ジェラルド・ジェンタ(故人)という有名な時計デザイナーの代表的な作品です。パテックフィリップのノーチラスも彼のデザインになります。 ロイヤルオークのデザインコンセプトは、薄型の高級スポーツ時計の追求にありました。スポーツ時計というからには防水性があり、衝撃に強くなければいけません。70年代当時、ネジ込み方式の裏蓋を使って防水ケースにする技術(スクリューバック)はすでにありました。しかし、ケース裏に裏蓋のねじ込み用の溝を切ると、その分厚さが増してしまいます。わずか1、2mmですがジェンタはこれを嫌いました。そこで裏蓋のない一体式のケースを考案し、パッキンを挟みこんで、ベゼルで上から挟み、ムーブメントを固定する構造を採用します。このベゼルは、風防も挟みこみ、これも当時の防水の弱点だった、風防とケースの接点部分の防水性能も改善します。この結果、わずか7mmの薄さで必要な防水性能を達成しています。 デザインだけでなく、このロイヤルオークは仕上げも秀逸です。薄型の時計で普通に磨き仕上げをすると、それだけでは通常の薄型のドレスウオッチとさほど違わないデザイン、仕上げになります。ジェンタは当然ながらこれも嫌いました。ジェンタは、この裏蓋がない新しい一体形のケースが、今迄にないデザインを可能にするのを知っていました。ロイヤルオークのモチーフは、イギリスの戦艦「ロイヤルオーク号」の八角形の船窓です。ジェンタデザインのロイヤルオークも同様に、八角形のベゼルを持ちます。ジェンタは、このロイヤルオークに、曲面ではなく、平面を組み合わせたケースデザインを与えました。さらに、この新しい薄型ケースを立体的に見せるために、サテン(ヘアライン)仕上げと磨き(ポリッシュ)仕上げをうまく使い分けます。ベゼル前面はサテン、ベゼルの側面はポリッシュ、さらにベゼル下部に回りこむと、画像では線のようにしか見えませんが、サテン仕上げになっています。同じく、ケース前面およびケース側面はサテン仕上げですが、その境目はラグに向かって少しだけ広くなるようなポリッシュ仕上げです。 この仕上げがなければ、ロイヤルオークは、ここまでのモノにはならなかったのではと個人的には思っています。おそらく数ある時計の中でもロイヤルオークは、一、二に仕上げが難しい時計ではないでしょうか。ロイヤルオークのジャンボ自体、数が少ないですが、そのオリジナルを見たことがない時計店でポリッシュやサテン仕上げがされると、ベゼルの直線部分が曲面になったり、ケースの前面と側面のポリッシュ仕上げ部分も丸くなったりなど、緊張感のない時計になっている例をときどき見かけます。特にロイヤルオークはその幅広のベゼルにキズが入ると目立ちます。ので、必要以上に磨いてしまうのでしょう。まあ、それでも悪い時計ではないですが、少し残念な気がすることもまた事実です。仕上げは、最後に時計に魂を込める工程ともいえます。やはりオリジナルのコンセプトを尊重して入魂するのが望ましいといえるのかもしれません。 画像は70年代の初代ロイヤルオークジャンボです。これは筆者が友人に譲ったもので、いまは友人の手元で可愛がられています。
実用時計の続きです。実用時計とコレクション時計とを分けるものは何でしょうか?現代社会で実用時計とされる条件をいくつか挙げてみましょう。 防水性 … 日常生活防水で普段は問題ないでしょう。しかし夏は水道の水でジャブジャブ洗いたくなります。また夏場の遊園地で霧状の水をかけられることもありますが、あれってけっこう危険かもしれません。水が水蒸気になると、わずかな隙間からでも侵入しやすくなります。 対衝撃性 … 衝撃に弱いムーブメントですと、スポーツの時には外すなど、気を使って取り扱うのが望ましいです。 精度 … 少なくとも日差+-30秒以内であって欲しいです。+-5秒以内だと素晴しいです。 針あわせの容易さ … 秒針停止機能があれば、分針と秒針とをきっちりあわせられます。また、リューズを押し込んで分針をセットするときに針飛びをしないのも大事です。これで針飛びする時計は意外とあります。 防磁性 … スマートフォンやPC、TVなど電気製品があふれる現代では、ある程度はもはや仕方がありませんが、防磁を考えている時計であればある程度は防げます。 メンテナンス性 … 壊れたときに修理してくれるところがあるのかどうか。また傷つけてしまったときも、ケースを磨くことができるのかどうか。一般的にドレス時計は薄型で仕上げがいいので、キズには弱いです。 携帯性 … 大きくて厚い時計ってかっこいいですが、携帯性はあまりよくないです。 所有感 … いつも身につけているものですから、持っていて満足感がある時計であって欲しいです。 例えばロレックス、オメガ、ブライトリング、IWC、ロンジンあたりであれば、上の条件はある程度満たされるでしょう。中でもロレックスは実用時計最高峰と言われるだけあって、これらの条件のほとんどを満たします。ところで一方、パテックフィリップやオーデマピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどの雲上時計と称される時計になってくると、日常生活防水の薄型ドレス時計や繊細なムーブを搭載しているスポーツ時計も出てきます。 どちらがいいということはありません。最終的にはライフスタイルと好みになってくると思います。夏場に遊園地にいったりプールで泳いだりするときに機械式時計をつけるかつけないかはお好みですし、そもそも遊園地なんていかないという人もいらっしゃると思います。 画像は、ヴィンテージのオメガ スピードマスタープロフェッショナルです。月に行った時計ということでムーンウオッチとも呼ばれます。1968年製で、いわゆる4thといわれるケースと、ダイヤルには立体的なアプライドのオメガマーク。この固体は、ちょうど過渡期に作られたもので、内蔵されているムーブは Cal.861です。このCal.861は、何度か改良を経て40年後の現在でもほぼ同じものが使われています。 40年以上前の時計なのですが、これは私の「実用時計」です。精度は+-10秒程度ですし、秒針停止機能はありませんが、分針をあわせるときに針が飛んだりはしません。水道でジャブジャブ洗うほどの防水性はありませんが、普段使い程度の防水性は今も確保されています。宇宙で使うためのNASAのテストに合格しただけあって、対衝撃性もあり、頑丈に作られています。スクリューバックの裏蓋の下にはムーブメントを守るためのインナーケースがあり、このため防磁性もある程度確保されています。Cal.861は、ほぼ現行ムーブメントと同じですから、万が一壊れたときのメンテナンスもまったく心配ありません。 ヴィンテージ時計=コレクション時計と思いがちですが、ヴィンテージ時計でも実用時計として十分使えるものもあります。
おおよそ機械式時計とクオーツ時計の差が出揃いました。再度まとめてみましょう。 精度については、機械式時計はいわれているほど悪くはありません。一日10秒~20秒程度というのは十分実用に耐える精度で、原型の誕生からおおよそ300年以上たつゼンマイ時計という古い仕組みの機械としては驚異的な精度と思えます。また、機械式時計はトルクが大きく、大きく見易い針を使えます。ところで一方、精度をだすための仕組みを一秒に数回も回転するアンクル型脱進器に頼っており、その上トルクが大きいために部品の摩耗が大きくなります。そのため定期的なオーバーホールが必須になります。 一方、クオーツ時計はトルクが抑え気味にしてある上に、一秒間に数回も回転するような機械部品がありません。そのため、部品の摩耗が機械式時計に比べて小さく、オーバーホールの必要性がそう高くはありません。オーバーホールするのが望ましいのは間違いありませんが、電池交換だけでそれなりに長い間正確に動作することが多いのはそのためです。 さて精度、視認性と少し差はありますが、機械式時計とクオーツ時計と比べたときに、一番の大きな違いはやはりこのメンテナンス性でしょうか?機械式時計はメンテしないとただの鉄のカタマリです。ところが一方、定期的にメンテナンスさえしてあげれば50年以上前の時計でも十分実用できる精度で動き出します。 画像は1950年代のオーデマピゲの名作、VZSScのムーブです。ムーブメントの上部にテンプが見えます。
© 2025 Wristwatchな世界 — Powered by WordPress
Theme by Anders Noren — Up ↑