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機械式時計のどこがいいのか? その11

さて、クオーツ時計のトルクが分かったところで、機械式時計のトルクとの比較をしましょう。今回もシチズンの子会社、ミヨタのムーブメントを参照します。取り上げるのは、Cal. 9015、ミヨタが30年ぶりに開発したシチズンの機械式時計のムーブメントです。広く使われているETA2824-2の置き換えとしても使えることをターゲットとしているようです。Cal.9015のムーブ径はETA2824-2と同じ25.6mm、厚さはすこし薄い3.9mm。42時間のパワーリザーブ、8振動、デイト、秒針停止機能と十分なスペックです。このムーブをチューンしたものは、ザ・シチズンの機械式時計にも用いられています。 Cal.9015 とETA2824-2との比較をまとめてみると以下になります。 さて、このCal.9015 の針を駆動するトルクに関する仕様は以下のようになっています。 これを見ますと、分針で1.25uN・mという駆動力が定義してあります。これはクオーツのOS-21(0.4uN・m)のトルクと比較すると3倍以上です。トルクが3倍ということは、長さが同じであれば3倍の重さの針、重さが同じであれば3倍の長さの針を使えるということになります。 画像はザ・シチズンNA0000-59Eです。やはり3倍のトルクで針を駆動できると、針の印象がかなり違うように見えます。

機械式時計のどこがいいのか? その10

さて、クオーツ時計もいろんな技術革新で「視認性」については良くなってきているということが分かってきました。遠くからパッと見て分からないような細かい仕上げを除けば、昨今のクオーツは視認性に関してかなり改善されているようです。 しかしながらいくら技術革新があるとはいえ、電池で駆動される以上、電池の持ちを優先して、針を駆動するトルクを小さくしなければならない、これは依然としてクオーツ時計の大きな制約条件でしょう。さてこのトルク、実際にどのくらい機械式時計と差があるんでしょう。これを比較するために、前回出てきたミヨタのムーブメントを見てみましょう。ブレラが使用しているミヨタのムーブメントはOS-21です。このムーブメントの仕様書には以下のように書かれています。 つまり、バランスできる針の重さは分針で 0.4uN・m となっています。すこし妙な単位がでてきましたね。これはトルクを表わす単位です。トルクって意外と説明が難しいのですが、ムーブメントを例えていえば、電動アシスト付き自転車でペダルを回すようなものと考えればある程度はあっているかもしれません。この時に重要なのは、クランクの長さがトルクに大きな影響を与えるということです。クランクが長いと軽い力でもペダルをらくらく漕げます。これはアシストモーター側からいうと、長いクランクをアシストするには大きな力(トルク)が必要になるということです。 0.4uN・m ではあまりに馴染みがない単位ですから、馴染みのある単位に置き換えましょう。これはおおよそ 4mgf・cm に相当します。つまり、1cmの針の先に 0.004g の重さ、または5mmの針であれば0.008gの重さがついていても駆動できます。時計の針ってとっても軽いんですね。

機械式時計のどこがいいのか? その9

さて、クオーツ時計と機械式時計との比較中でした。まずは、よく調整された機械式時計の精度はクオーツ時計と比較してもそれほど大きい差はない。時計雑誌にはよくクオーツのほうが振動数が高いから精度がいいと紋切り型に書いてありますが、いちがいにそういうことは言えなさそうだということが分かってきたのかと思います。 次に考えてみたいのが「視認性」です。電池で駆動するクオーツ時計は、電池を長持ちさせなければいけない。その結果、トルクを弱めにしなければいけなく、機械式時計のように太い針を運針させることが難しい。従って、視認性は悪くなることが多いという話でした。これは一般論としてよく言われますし、私もそう思い込んでいました。しかし、最近のファッション時計では45mmとかの大きいサイズもありますし、視認性のよいクオーツ時計もあるように思えます。 画像は、ブレラというイタリア製の時計です。機械式時計に詳しい人は、針の仕上げや文字盤の仕上げなど、いろんなことでまだまだだとおっしゃるでしょうけど、例えばケースの仕上げとかはそれなりによさそうだし、文字盤上に置かれた立体的なアプライドインデックスもいいように見えます。もちろん仕上げがそこそこいいということは、値段もそれなりで10万円弱の値札がついてますが、なにより、これはサイズが44mmとかなり大きく、このサイズでこの針の大きさだと「視認性」はそんなに悪くなさそうです。 クロノグラフでは例えばオバマ大統領の時計として有名はアナログクロノグラフなどもあります。中国製でムーブメントはシチズンの子会社ミヨタ製、サイズは41mmです。 次の画像はグランドセイコーSBGX067。ベーシックな年差クオーツモデルです。これになると文字盤の仕上げといい、針といい、一般的な機械式時計とほとんど遜色ないように見えます。ムーブメントはセイコー製9F62 。 なんだかクオーツ時計の視認性もそれなりにいいように思えてきました。

機械式時計のどこがいいのか?その8

一般的な機械式時計とクオーツ時計の比較をしましたが、もうちょっと掘り下げた比較をしてみましょう。まずは時計に求められる大事な機能、「精度」です。よく時計雑誌には、クオーツ時計は、一秒あたりの発振周波数が高いから高精度、と書いてありますよね。これって本当に正しいんでしょうか? クオーツ時計の用いる水晶振動子の基準周波数はおおよそ3万2千振動です。機械式時計は、高振動とされるエルプリメロでもテンプは10振動しかしません。これって、ものすごい差ですよね。32000円あれば、10円のチロルチョコが3200個買えます。周波数が高いから高精度というのなら、ふつうのクオーツ時計で機械式時計の3200倍は高精度であって欲しいです。でも実際には、機械式時計の一日あたりの誤差を10秒、クオーツ時計の誤差をおおよそ一ヶ月あたり10秒として比較すると、たかだか30倍でしかありません。期待した精度の1/100です。チロルチョコが3000個買えると思っていると、30個しか買えなかったというのではなんとなく腑に落ちません。 気になってきましたので、基準周波数を発生させる水晶振動子の仕様を見てみましょう。これは、ケータイなどに使われる比較的高精度のクオーツ振動子のスペックです。 Frequency toleranceというのが発振周波数がどの程度安定しているのかという仕様になります。PPMというのは、最近では千葉の断水のときにも出てきました。ホルムアルデヒドなどの検出単位にも使われています。「100万分の1」= 0.0001% のことです。つまりこの振動子は、32000Hz+-0.002%の精度で安定しているということになります。こう書くと、なんだかすごくいいモノのような気がしますが、実はそうでもありません。この精度だと、一日あたり+-1.7秒、一ヶ月では+-51秒もの誤差が出てきます。 そしてこの精度が、量販されている電波置き時計の精度になります。説明書には、電波を受信しないときは平均月差+-30秒と書いてあると思います。これがおおよそ20PPMのクオーツ振動子の未調整の精度です。一方で一般的なクオーツ腕時計の精度はおおよそ月差+-15秒です。これは実は調整済みの精度ということになります。 さらに精度を高めたいときは、水晶の発振周波数の温度特性を調整します。代表的な温度特性を以下に示します。室温の20~30度ではほぼフラットですが、10度になると0.8秒、0度になると2.2秒遅れがでてきます。セイコーの年差クオーツ、ブライトリングでいうスーパークオーツはこの温度特性も調整します。この結果、年差クオーツで+-10秒(0.3PPM)、スーパークオーツで+-15秒(0.5PPM)という精度を実現しています。

機械式時計のどこがいいのか?その7

機械式時計と比較されるクオーツ時計についての続きです。クオーツ時計は、精度に優れ、耐衝撃性にも配慮でき、安価です。時間を知るための機械として、これらはとても大きなアドバンテージと思えます。 では、クオーツ時計に欠点はないのでしょうか?クオーツ時計といっても、人間が作った機械ですから当然制約があります。機械式時計の大きな制約がムーブメントにあったように、クオーツもその駆動部分に制約条件があるかもしれません。 まず、機械式時計はゼンマイを動力として動きますが、クオーツ時計は電気を動力源として動きます。機械式時計は基本的には毎日、動力源を巻きあげてくれるということを前提にすべての機構が設計されています。その一方でクオーツ時計は3年ほどは電池を取り換えなくても動くことを前提としています。ということは、クオーツ時計はできるだけ電池を長持ちさせるように、節約して使うように設計するのが大前提になっているということです。このため、大きな針をブン回すよりも、控え目な軽い針を一秒ごとに動かします。これは、デザインの上での大きな制約条件になりますし、あまりに小さな針にしてしまうと視認性の問題にもなってきます。 また、電気で動作するために、ウィークポイントは電気になります。つまり、雷などのサージ電気には弱いです。滅多にはないことですが、パイロットが飛行中に雷にあい、クオーツ時計が狂って使えなくなり、それ以来ブライトリングを持ち歩くようになった、という話を実際に聞いたことがあります。 最後に、メンテナンスの制約があります。クオーツ時計のムーブメントは大量生産の電子機器です。つまりは部品の保有年数は基本的には7年から10年という一般的な電子機器の基準になります。部品があればセイコーでも古い時計のメンテナンスは受け付けてくれますが基本は7年(グランドセイコー、クレドール、ガランテは10年)になります。これはきちんとした機械式時計のメーカーとは大きな違いです。例えばロレックスではおおよそ30年です。この年数は、あれだけ多量に機械式時計を生産する会社にしてはかなり誠実な年数に思えます。またブライトリングでは、1950年代の機械式時計のメンテナンスを受け付けてもらったことがあります。パテック、バセロン、オーデマピゲ、IWC、ロンジン、オメガなども同様の体制を整えています。費用はそれなりにかかりますが、古い時計でもメーカー修理に出すことができるというのは、その時計を使い続ける上での大きな安心材料といえそうです。 表にまとめてみます。ここで取り上げているのはあくまで代表的な例になります。時計はいろんな目的で作られます。よりよい精度の時計としてはクロノメータ規格、年差クオーツなどがありますし、ムーブメントとしては、機械式とクオーツのハイブリッド、キネティックやスプリングドライブなどもあります。部品点数では機能によってかなり変わってきます。クロノグラフだと300以上の部品を使うこともあります。ゼンマイの持続時間としては、7日巻きというのもありますし、最新のムーブメントでは巻上から3日持つ(70時間のパワーリザーブ)というのも増えています。

機械式時計のどこがいいのか? その6

機械式時計の位置づけ、構成要素、工業製品としてのデザイン上の制約、幅広い製品ラインアップまでを駆け足で見てきました。そういう、ある制約に基づいて作られた工業製品、機械式時計。そういう製品のどこがいいんでしょうか?それをもう一度検討してみます。 まず、いい、悪いを決めるというのは、簡単な話ではないです。いい、悪いというのは絶対的な判断基準ではなく、相対的な価値観です。AはBと比較していい、ということはいえますが、Aは絶対的にいい、Bは絶対的に悪い、ということはできません。 モノの価値を決めるのは人間ですから、ある人が「これはいい」といえば、それはそれでいいモノである、といえます。判断基準となる好みは人によって千差万別です。ロレックス デイトナがいいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうし、パテックフィリップの名作Ref.96がお好きな方もいらっしゃるでしょう。また、セイコー5がいいという方もおられるでしょう。 次に、いい、悪いの比較対象です。現代のわれわれはきっと「機械式時計」という場合、比較対象としてクォーツ時計を思い浮べると思います。「時間を知るだけだったら、ケータイでいいじゃん」「クォーツが正確だし、わざわざゼンマイ巻かなくていいし、なんでローテクの機械式時計?」まったくおっしゃる通りです。そこで、少しクオーツ時計について見てみることにします。 クオーツ時計は、一日に10秒程度は誤差がある機械式時計と違って、その誤差は一カ月で10秒程度におさまります。ざっと30倍は精度がいいことになります。また耐衝撃性も高いです。機械式時計は、テンプが一秒間に数回の往復運動をすることで一定の時間を刻みます。この部分が、どうしても衝撃に対しては弱くなります。クオーツ時計の場合、一定クロックを生成するのは水晶の固体振動子になりますので、衝撃に対して強くできます。そしてクオーツ時計は電子機器ですので、部品点数は機械式時計に対して少なくできます。100以上の部品を必要とする機械式時計に対して、おおよそ約半分の部品数で構成されます。しかも、電池式ですからいちいちゼンマイを巻き上げなくても、使いたいときに使えます。精度はいい、衝撃にも強い、使い勝手はいい、しかも電子機器ですから安価です。ここまで揃っている時計があるのに、なぜ機械式時計がいるんでしょうか。 実際にクオーツ腕時計の発明の結果、1970年代には機械式時計は絶滅寸前まで追い込まれてしまいます。1969年、ゼニスは、自動巻きクロノグラフとして有名なエルプリメロを発表しますが、そのわずか3年後には、アメリカのラジオメーカーに買収され、機械式時計の生産中止を言いわたされることになってしまいます。

最初に自動巻クロノグラフを作ったのはどこか?その10

さて世界初の話の続きです。この定義がどのくらい難しいのか、クォーツの世界初の話を例にとって検証してみましょう。 セイコーは、2004年、クォーツ式腕時計の開発で、IEEE(アメリカの電子情報通信学会)からマイルストーン賞を受賞しています。IEEEは電気、電子業界では国際的にも権威が高い学会です。その学会に認められたことよる受賞ですから、少なくとも公平な立場から見て世界的に大きなインパクトを残したと、世界から認められたということに他なりません。 ではその日本語を見てみましょう。 抄訳すると、 10年間の開発努力の末、1969年12月25日に世界に先駆けて発売した、 となっていますね。 この「発売」が重要です。ちょっと気にかけておいてください。 IEEEはアメリカの学会ですから、原文は英語です。 簡単に訳してみますと、 諏訪精工舎は、セイコーの生産会社として、一般向けとして最初のクォーツ腕時計を量産した。それは1969年の12月25日に東京で発表された。 となります。 ちょっと違うのが分かりますね。これが実はかなり大きな違いになってきます。

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