ようやく本題に近くなってきた。では「贅沢ブランド品」は一体全体高くて買えないほど高額なものなのかどうなのか。 これも自明な問いに思える。高いに決まっているように思える。 だが、少し待ってほしい。まずは比較が必要ではないだろうか。高額なのか、廉価なのかは比較によって決まる。「買えないほど高い」と言われている「贅沢ブランド品」であるが、その価格を比較せずに高いか安いかを決めることはフェアとはいえないであろう。そこでまずは「贅沢ブランド品」である時計ブランドの主な価格帯(定価)を以下にリストしてみよう。なお時計ブランドは他にも数多く存在するから、以下はあくまで一例である。 ロンジン 15万円~40万円 グランドセイコー 30万円~100万円 ブライトリング 30万円~100万円 オメガ スピードマスター ~70万円 ロレックス サブマリーナ ~100万円 ロレックス デイトナ ~140万円 この比較ではロレックスが別して高い。そしてロレックスの人気モデルを正規店で定価で買うのはかなりハードルが高い。だが、それ以外の時計であれば、正規店で正規品を定価または場合によっては定価以下で購入できることもある。また平行品、さらに中古品であれば二次流通店でそれ以下で本物を購入できる。このことを考えれば、決して買うのが不可能なほど高額とはいえないようにも思える。 さて今回の時計はロレックス。ロレックスは贅沢ブランドの時計のなかでも一番に知名度が高いブランドであることに異論がある人は少ないだろう。人気のスポーツモデル以外にもいい時計はたくさんあるので一本持っていれば便利に使えると思う。
先立ってニューヨークにて行われたフィリップス オークションについて書かないわけにはいかないだろう。 ポールニューマン使用の正真正銘の本物のデイトナがおおよそ17億円で落札されたのはあちこちのニュースで喧伝されている。この落札によって、この固体は過去落札された時計の中で一番高額な時計となった。落札者はこれに落札手数料を加えておおよそ20億円を支払うこととなる。 今回のフィリップスオークションでは他にも様々な時計が高額落札された。落札手数料を含む落札金額合計は、おおよそ33億円である。極上の固体ばかりを集めてあったが、それにしても49個の時計の一回のオークションの売上総額33億円というのはすごい。落札手数料だけでも5億円に上ると想定される。 これは是非とも分析せざるを得ないではないか。 まずオークションのEstimate(予想額)が適正だったかどうかについて検討しよう。予想額が適正かどうかはそのオークションハウスのクオリティを測る一つの重要な指標である。予想と結果とにそれほど違いがないオークションハウスのほうが、時価を適正に評価して出品できる、クオリティの高いオークションハウスということになる。オークションハウスの収益源は落札手数料であるから、低く見積って入札者を多くして落札を確実にすることで確実に収益を得ることができる。落札者にとっても比較的廉価で落札できて魅力的だ。一方でそのようなオークションハウスの場合、出品者としては出品の魅力が低くなる。結果的に魅力のあるオークションピースを集められる可能性は減ってしまう。 今回は、落札された時計の予想額の下限と上限の値から平均値をとり、その平均値からの上昇率、下降率をヒストグラムにして分析を試みた。ポールニューマンのデイトナはそもそもの落札予想額がおおよそ1億円以上(“in excess of $1,000,000,”)とかなり曖昧であるため除いた。また他に1個は取り下げられているため、分析の対象は48個である。なお、オークション終了後の発表落札額は落札手数料を含んでいる。そこでここでは手数料を一律、落札額の15%と仮定して落札額(ハンマープライス)を算出し、予想平均額との比較を行った。 この結果、予想上限以下で落札になった時計は31個であり、予想上限を超えた時計は17個であった。実に1/3の時計が予想上限額を超えて落札されていることになる。この数字だけを見ると予想額が低めに見えるが、予想平均額との差分を分析してみると、36個、75%の数の時計が予想平均額から±50%の範囲に収まっていることが分かった。また、この範囲では予想平均額を中心にバランスよく分布している。おおむね、それなりに確度の高い予想落札額であったと言えそうである。 では、次にオークションハウスの予想が外れた時計を分析しよう。下限額を下回るとそもそも落札されないから、予想が外れるということは予想を超えて高額落札された時計ということになる。ここでは、平均予想額から上昇率が100%以上の時計、つまり予想平均額の倍以上で落札された時計をリストにした。落札額は、落札手数料を含む金額を115円のレートで円換算したものである。 いかがだろうか。これが今回のフィリップス オークションの予想外Top 7である。評価が高まっているフィリップデュフォー氏のデュアリティが1億円を超えるのはともかく、スピードマスターアラスカIIIもすごい。たしかに市販されていないレアモデルであるが1978年のモデルであり、それが2000万円を超える価格で落札されている。他にも、状態がよくて箱、保証書が揃っていてもホイヤーモナコやロレックス1016が400万円以上である。箱、保証書付のアクアタイマーも300万円を超えている。 時代の動きは速い。時計業界も美術品業界と変わらないような高額品を扱うようになるのも時間の問題かもしれない。趣味のコレクターにとってはますます冬の時代の訪れを告げるオークションであったように思えてならない。
機械式時計の位置づけ、構成要素、工業製品としてのデザイン上の制約、幅広い製品ラインアップまでを駆け足で見てきました。そういう、ある制約に基づいて作られた工業製品、機械式時計。そういう製品のどこがいいんでしょうか?それをもう一度検討してみます。 まず、いい、悪いを決めるというのは、簡単な話ではないです。いい、悪いというのは絶対的な判断基準ではなく、相対的な価値観です。AはBと比較していい、ということはいえますが、Aは絶対的にいい、Bは絶対的に悪い、ということはできません。 モノの価値を決めるのは人間ですから、ある人が「これはいい」といえば、それはそれでいいモノである、といえます。判断基準となる好みは人によって千差万別です。ロレックス デイトナがいいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうし、パテックフィリップの名作Ref.96がお好きな方もいらっしゃるでしょう。また、セイコー5がいいという方もおられるでしょう。 次に、いい、悪いの比較対象です。現代のわれわれはきっと「機械式時計」という場合、比較対象としてクォーツ時計を思い浮べると思います。「時間を知るだけだったら、ケータイでいいじゃん」「クォーツが正確だし、わざわざゼンマイ巻かなくていいし、なんでローテクの機械式時計?」まったくおっしゃる通りです。そこで、少しクオーツ時計について見てみることにします。 クオーツ時計は、一日に10秒程度は誤差がある機械式時計と違って、その誤差は一カ月で10秒程度におさまります。ざっと30倍は精度がいいことになります。また耐衝撃性も高いです。機械式時計は、テンプが一秒間に数回の往復運動をすることで一定の時間を刻みます。この部分が、どうしても衝撃に対しては弱くなります。クオーツ時計の場合、一定クロックを生成するのは水晶の固体振動子になりますので、衝撃に対して強くできます。そしてクオーツ時計は電子機器ですので、部品点数は機械式時計に対して少なくできます。100以上の部品を必要とする機械式時計に対して、おおよそ約半分の部品数で構成されます。しかも、電池式ですからいちいちゼンマイを巻き上げなくても、使いたいときに使えます。精度はいい、衝撃にも強い、使い勝手はいい、しかも電子機器ですから安価です。ここまで揃っている時計があるのに、なぜ機械式時計がいるんでしょうか。 実際にクオーツ腕時計の発明の結果、1970年代には機械式時計は絶滅寸前まで追い込まれてしまいます。1969年、ゼニスは、自動巻きクロノグラフとして有名なエルプリメロを発表しますが、そのわずか3年後には、アメリカのラジオメーカーに買収され、機械式時計の生産中止を言いわたされることになってしまいます。
ナイジェリア詐欺、自動巻クロノグラフの黎明期と見てきましたが、ここらあたりで、機械式時計がなぜ必要なのか、どこがいいのか、私なりの見解をまとめておきたいと思いました。「時間を知る」という機能に限っては、かつてこれはかなり難しい専門家の仕事でしたが、現代ではもう機械式時計は不要です。携帯は誰でも持ってますし、そこらじゅう時計であふれています。機械式時計をつけていても、正確な時刻は携帯で見るという人もいます。 数万円も出せば立派なクォーツ時計や携帯が買える現代、それ以上、場合によってはその数倍~数十倍の金額をかけても入手したいもの、それはいったいなんなのでしょう? 一言でいえば、ラグジュアリー、不要不急の贅沢品がなぜ必要になるのか、という疑問に置き換えることができると思いますが、どうも人は機械式時計にある種類の夢を持つことがあるようです。ある人は、男にとってほぼ唯一の身につけられるアクセサリーだから、といいます。またある人は、腕時計をつけるのは宇宙を腕につけるのと同じことだ、といいます。とあるブランドのCEOは、ラグジュアリーとは砂漠における一杯の水だ、と書いてました。表現は違えど、どうもこれらの方々は、機械式時計は不要不急の贅沢品などではない、ある種類の人間の生存に必要な何かを満たしているのだ、と言いたいようです。かくいう私も時計を忘れてしまうと、かなり何か物足りない感じがしてしまいます。 写真はクロノグラフの最高峰の一つ、ロレックス デイトナ。1999年ごろのものです。ムーブメントには、ロレックスが徹底的にチューンしたエルプリメロを搭載しています。
ではセイコーのクロノグラフはどうだったのでしょう?もう一度年表を並べてなおしてみましょう。 1969年1月10日 ゼニスがエルプリメロの試作品をスイスの特定のプレス向けに発表 1969年3月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を量産開始 1969年3月3日 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11を大々的に発表(スイス、ニューヨーク) 1969年4月 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をバーゼルで発表 1969年5月 セイコーがセイコースポーツファイブ6139を発売 1969年夏 ホイヤーーブライトリングがキャリバー11をデリバリー開始 1969年10月 ゼニスがエルプリメロをデリバリー開始 こう並べてみるとどうですか? どうも一番最初に自動巻クロノグラフを作ったのはセイコーのような気がしてきませんか? ただし、残念なことにセイコーの発表は5月でした。これではセイコーの自動巻クロノグラフは、極東の島国でひっそりと量産が開始され、ひっそりと島国向けにアナウンスされた、ということになってしまっても仕方ないかもしれません。 セイコーの自動巻クロノグラフは、セイコーファイブというローコストの時計をベースにしていましたが、設計にも見るべき点がいくつかあります。クロノグラフの制御にはピラーホイールを採用しており、また垂直クラッチを世界で初めて採用しました。この垂直クラッチ、いまではロレックスのデイトナが採用していることでも有名ですが、その世界初の採用はこのファイブスポーツです。 画像は一番初期のプロダクションロット、1969年3月のセイコースポーツファイブです。それなりに数がありますので、やはり量産に成功した後でアナウンスした、と見るのが自然と思えます。
さて次は各陣営の紹介からまずいきましょう。まずはゼニス-モバードから。 ゼニスのムーブメント、エルプリメロは今ではとても有名です。1990年代にロレックスのデイトナのベースムーブメントに採用されてから、さらにクロノグラフメーカーとして有名になった感があります。 ただし、この60年代当時はそう有名でもありませんでした。当時クロノグラフ、時間の計測を行う計器メーカーとして有名だったのは、オメガ、ブライトリン グ、ホイヤーです。40~50年代のゼニスはスイスのクロノグラフメーカーの協会にも所属しておらず、クロノグラフのラインアップは限られており、他社か らのムーブメント供給に頼っていました。 それが一変するのは1960年にゼニスがムーブメントメーカーのマーテルを買収してからです。マーテルは、ユニバーサルジュネーブや他にクロノグラフの ムーブメントを供給していました。この買収により、ユニバーサルジュネーブ285はゼニス146シリーズとなり、ゼニスはクロノグラフのムーブメントを供 給できるようになりました。 また協力メーカーのモバードは、60年代当時は高い技術力を持ったメーカーで、特に精度を出すための高振動化に高い技術力を持っていました。
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