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機械式時計のどこがいいのか その35

若い時期の一時期、年齢を経てからでは絶対に不可能な仕事を達成することがある。ジェラルド・ジェンタにおけるロイヤルオークもその一つかもしれない。 ジェンタが秀逸なことは、その特許を読めば分かる。ジェンタは、どうやら自分のやっている進行中の仕事のその価値が分かっていたらしい。自分の行った仕事の価値を自分で理解してそれを文章にする。これは簡単に見えるが、実はそう簡単な作業ではない。新規性を産み出した人間が、自分で自分の産み出した価値をアピールするのは実は非常にバランスを必要とする、繊細な作業なのだ。 まずたいていの人は、まさに作業しているその新しい仕事に集中して時間をかければかけるほど、その仕事そのものが自分にとってはルーチンの仕事になってしまい、どこに新規性があったのか分からなくなってくる。そうならないためには他者の仕事を広く知ってつねに意識しておく必要がある。 その一方で新規性を産み出すためには、他者の仕事を知りすぎないということも必要になる。他者の仕事を知れば知るほど、自分の中ではそれが当たり前になってしまい、そうなってしまうとブレイクスルーの必要性も失われてしまう。ブレイクスルーするためには、他者の仕事を知りつつも、「ここが不便だ。ここがおかしい。自分だったらこうする」という強烈な意識を保つ必要がある。その意識を保つためには、年齢的には気力がみなぎっている若いほうが有利であろうし、その意識を保つために、あえて知らないということも場合によっては必要になってくる。 ジェンタの秀逸なところは、そこで微塵もブレていないところである。自分の仕事の価値はここにある。世の中にある新しい仕事はここにあると書いている。若いとはいえ、当時から広くいろんな仕事を見ていたのであろう。 ジェンタが残したロイヤルオーク。ジェンタが予見した通り、現代でも、このデザインはいささかも古びていない。当時としては破格な39mmという大きさ、加えてドレスなみの7mmという野心的な薄さ、さらに防水のためにテンションリングに頼らないワンピースケース、そのために採用になった伝説的なキャリバー2121。文字盤のタペストリーダイヤルに、極限までつめた針と文字盤のクリアランス。いささかの妥協も許さないそのデザイン、これこそが若さであると思う。これからの時代を自分が拓くという気概に満ちている。いつまでたっても古びない、若い時計。それがロイヤルオークなのかもしれない。  

機械式時計のどこがいいのか? その5

機械式時計のデザイン上の大きな制約であり、開発の大きなリスクは、安定したムーブメントが入手できるかどうかにあるという話でした。ケースの防水性能や帯磁性能については比較的確実に経年劣化が計算できます。ところがムーブメントの安定性となると、量産リリースして少なくとも2~3年の評価を経ないと本当のところは分からないです。 というあたりでようやく本題に入っていくんですが、そういう制約条件の下でデザインされた工業製品に対して、消費者はどうやって、これがいい、悪いと判定することができるんでしょう? 機能は比較的単純ですが、腕時計を構成するパーツは多岐にわたります。そのそれぞれ、針やダイヤル、ケースの部品それぞれについて精通していないと、その時計がいいのか悪いのか判定できないんでしょうか?そうだとすると、機械式時計のいい、悪いの判定はごく一部の専門家しかできなくなってしまいます。機械式時計は、一般的に高価なものです。高価な品物を購入するときは、やはり他人の意見よりもまずは自分の意見じゃないでしょうか?だいたい他人の意見をあてにして買うと、後悔してしまったときに他人のせいにしてしまって自分もその人も気まずい思いをしたりしてよくありませんよね。 分かりやすい一つの基準は価格でしょうか。しかし、高い時計がいい時計とは限らないのが、機械式時計の難しいところです。たとえ1000万円の時計を買っても、壊れるときは壊れます。とくに新発売の複雑系の時計などは一般的に注意かもしれません。複雑系の時計はパーツが多いですから故障の可能性も高くなります。また機械式時計は最低でも4年、5年と長く使われるものですから新発売当時はまだ発見できていない問題点が残っていることもあります。 時計に限らず機械一般の故障で一番多いとされているのが初期不良です。ある程度初期不良が収まれば故障率はかなり減ります。以下が信頼性の教科書などに頻出する故障率曲線、バスタブカーブと呼ばれるものです。 ところが一方、2、3万円の時計でもずっと壊れず動き続ける時計もあります。低価格、高信頼性という時計ですね。写真はセイコーファイブ アトラスSKZ211K1。2万円くらいで手に入ります。本格的なダイビング用途には使えませんが、20気圧防水もあるので、普段使いとしては全然問題ないでしょう。デザインもかっこいいですし、精度も+10~20秒/日くらいは出てくれるでしょう。 さて、どっちがいい時計でしょう?やっぱり用途によるんでしょうね。1000万円の時計はまあいい時計でしょう。でも、それを腕にはめて満員電車に乗って通勤したい、という場合はその時計がそういう用途向けに作られているのか、よく検討すべきです。こういう時計は、運転手つきで送り迎えしてくれる持ち主を想定していたりします。 またアンティーク時計は素晴らしい時計も多いです。50年、100年と時代の荒波にもまれて生き残っており、その価値は認められていると言えるでしょう。しかし、たいていの場合の泣き所はやはり防水機能です。特に湿気が高い日本の夏、外回りからクーラーで一気に冷やされる屋内へと移動したときなど、ガラス窓が曇ってしまうことがあります。まあ当然といえば当然かもしれません。その時計が作られた当時はクーラーなんてなかったんですから。 つまりは、いい時計かどうかを判断するためには、自分がどういう時計が欲しいのか、それをまず把握することから始まりるようです。当たり前といえば当たり前ですが、当たり前のことを当たり前にやれれば人間の悩みの9割以上はなくなる気がします。自分の好みを把握するというのは、意外かもしれませんがかなり難しいことなのかもしれません。

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