腕時計とそれを取りまく世界 Since Apr 2012

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機械式時計のどこがいいのか? その20

仕上げの話、続きます。ここでいう仕上げとは、職人による磨き工程のことを言います。人の手による仕上げ工程および検査工程を経ることで、時計はいっそう工芸品としての価値を増します。 人間の五感というのは、ものすごい繊細なものです。一番分かりやすいのは視覚ですね。いま、昔のアナログTVを見ると、その解像度の低さに唖然とすることは間違いないでしょう。最先端ではハイビジョンより解像度の高い、4000×2000(4k2k)の解像度のTVなども実用化されようとしていますが、すごいのはそのTVよりもその違いを認識できる人間の目だと思います。触覚もすごいです。町工場の金属職人は、ミクロン単位(1000分の1ミリ)で平面を出せる人がいたといいます。 そういう、鍛えられた目と手を持つ職人によって、時計は仕上げられます。一流の職人の手間がかかっていればいるほど、繊細できれいな仕上げになります。そして、人の手間がかかっていればいるほど、時計は量産が難しくなり、工芸品となっていきます。 その昔、時計が限られた人たちのものだった時代、時計はその見えない部分ムーブメントの部品一つ一つまで職人によって丁寧に磨かれていました。一つには、ムーブメントの美観というのもあったのでしょうが、実用的な意味もありました。工作精度も今のようではなく、部品一つ一つを磨いて噛み合わせを調整する必要もあったのでしょうし、一つ一つの部品を磨くのと磨かないのとでは、摩擦係数が違い、精度が違っていたのではと思えます。また40年代以前、当時のスチール製のゼンマイは今よりはるかに切れやすく、ゼンマイから出力されるトルクを均等に使うためにも、その負荷である歯車やその機構を磨いて調整するのは意味があったのでしょう。 今では当時ほどの意味はないでしょうが、やはり最終工程で職人の手を経ることによって、完成度は上がります。 画像は、友人のパテックフィリップの年次カレンダー5205です。今度は側面からです。側面から見ると、ケースの仕上げの良さがまたよく分かります。上方に絞ったベゼル、一部の隙もなくまるで一体成形してあるかのようなケースへの接続。ケース側面の柔らかい鏡面仕上げ。また、この5205はラグに特徴的な仕上げがしてあります。パテックフィリップはすべてのケースを鍛造(素材を型で抜いて圧力をかけ、熱処理という工程を繰返す製法)で作ります。これは量産に向いた方式で、パテックでは今まで作ったすべてのケースの型を保存しているそうですが、このラグ部分は鍛造工程後にさらに削り出し工程で行っています。そして最後に職人よる磨き仕上げ工程を経て、このようなケースが出来あがります。

機械式時計のどこがいいのか? その19

機械式時計の位置づけ、クオーツ時計との比較、実用時計とコレクション時計と見てきまして、ようやく本題に近づいてきました。機械式時計のどこがいいのか、今回からのテーマは「外装や機械の仕上げ」です。「仕上げ」とは一言でいえば、職人が手間暇をかけてモノを磨き上げる工程、といってもいいでしょう。腕のいい職人が丹精こめて磨き上げた品物は、時計であれ靴であれ器物であれいいものです。いいモノを身につけると、気分まで変わってきますよね。 ところで、いいモノにするために職人が手間暇かけることができるには、何が必要でしょう?まずはその職人の基礎的技量、その技量を磨く年月がなければ、モノになりません。しかしながら、職人が修行できるそのためには、そのモノが世の中に受け入れられ、ある一定程度、常に需要があること、つまりお客が必要です。 いくら優秀な職人が長年修行しても、それが世の中に認められず、作品が二束三文でしか売れないとなればその職人はおそらく廃業するしかないでしょう。職人は芸術家とは違います。お客あっての職人です。芸術家 というのは、認められようが認められなかろうが、売れようが売れまいがおかまいなしに自分の好きなことをただひたすら追求する人たちのことでしょう。一方、職人は、そのモノが常に一定の需要があるということを前提にして生活の糧を得ています。その仕事は細かく分業されているのが常です。 京うちわという工芸品があります。比較的廉価なものもありますが、最高級のものは、扇ぐというよりは飾って清涼感を演出するためのものです。柄の部分とうちわ本体は別体式になっており、うちわ部分は細い繊細な竹で骨組が組まれ、透けて見える骨組のその上に花鳥風月の彩を添えています。高級なものは8万円以上します。竹の骨をつくる竹職人、団扇を張りあわせる職人、細工職人などによる手作業の連携で、出来上がりに一年以上かかることもあることを考えると、その値段もまあ納得です。画像は京うちわ阿以波さんからです。 腕時計の世界もやはり職人の分業化が進んでおり、ムーブメントの専業会社、モジュール会社、針を作る会社、文字盤を作る会社、ガラス会社、ケース会社などに細かく分かれてそれぞれの腕を競っています。 腕時計の場合、特にムーブメント製造部門を持つ時計会社のことをマニュファクチュールということがあります。もちろんムーブメントは、時計の主要な部品です。しかし、時計の生産には他にも多くの部品が必要で、マニュファクチュールといえども、多くの協力会社の存在を抜きに時計は生産できません。ムーブメントの主要部品、ヒゲゼンマイは ニヴァロックス社製であることが多いですし、ロレックスのサファイアガラスは日本製です。 画像は、パテックフィリップの年次カレンダー5205です。これは私の友人の所有です。年次カレンダー以上になると、パテックのケースの仕上げは明らかに群を抜いています。特にケースの曲面仕上げが素晴らしく、面と面の接合がきちんとしており、まったく隙がありません。

機械式時計のどこがいいのか? その18

実用時計の続きです。実用時計とコレクション時計とを分けるものは何でしょうか?現代社会で実用時計とされる条件をいくつか挙げてみましょう。 防水性 … 日常生活防水で普段は問題ないでしょう。しかし夏は水道の水でジャブジャブ洗いたくなります。また夏場の遊園地で霧状の水をかけられることもありますが、あれってけっこう危険かもしれません。水が水蒸気になると、わずかな隙間からでも侵入しやすくなります。 対衝撃性 … 衝撃に弱いムーブメントですと、スポーツの時には外すなど、気を使って取り扱うのが望ましいです。 精度 … 少なくとも日差+-30秒以内であって欲しいです。+-5秒以内だと素晴しいです。 針あわせの容易さ … 秒針停止機能があれば、分針と秒針とをきっちりあわせられます。また、リューズを押し込んで分針をセットするときに針飛びをしないのも大事です。これで針飛びする時計は意外とあります。 防磁性 … スマートフォンやPC、TVなど電気製品があふれる現代では、ある程度はもはや仕方がありませんが、防磁を考えている時計であればある程度は防げます。 メンテナンス性 … 壊れたときに修理してくれるところがあるのかどうか。また傷つけてしまったときも、ケースを磨くことができるのかどうか。一般的にドレス時計は薄型で仕上げがいいので、キズには弱いです。 携帯性 … 大きくて厚い時計ってかっこいいですが、携帯性はあまりよくないです。 所有感 … いつも身につけているものですから、持っていて満足感がある時計であって欲しいです。 例えばロレックス、オメガ、ブライトリング、IWC、ロンジンあたりであれば、上の条件はある程度満たされるでしょう。中でもロレックスは実用時計最高峰と言われるだけあって、これらの条件のほとんどを満たします。ところで一方、パテックフィリップやオーデマピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどの雲上時計と称される時計になってくると、日常生活防水の薄型ドレス時計や繊細なムーブを搭載しているスポーツ時計も出てきます。 どちらがいいということはありません。最終的にはライフスタイルと好みになってくると思います。夏場に遊園地にいったりプールで泳いだりするときに機械式時計をつけるかつけないかはお好みですし、そもそも遊園地なんていかないという人もいらっしゃると思います。 画像は、ヴィンテージのオメガ スピードマスタープロフェッショナルです。月に行った時計ということでムーンウオッチとも呼ばれます。1968年製で、いわゆる4thといわれるケースと、ダイヤルには立体的なアプライドのオメガマーク。この固体は、ちょうど過渡期に作られたもので、内蔵されているムーブは Cal.861です。このCal.861は、何度か改良を経て40年後の現在でもほぼ同じものが使われています。 40年以上前の時計なのですが、これは私の「実用時計」です。精度は+-10秒程度ですし、秒針停止機能はありませんが、分針をあわせるときに針が飛んだりはしません。水道でジャブジャブ洗うほどの防水性はありませんが、普段使い程度の防水性は今も確保されています。宇宙で使うためのNASAのテストに合格しただけあって、対衝撃性もあり、頑丈に作られています。スクリューバックの裏蓋の下にはムーブメントを守るためのインナーケースがあり、このため防磁性もある程度確保されています。Cal.861は、ほぼ現行ムーブメントと同じですから、万が一壊れたときのメンテナンスもまったく心配ありません。 ヴィンテージ時計=コレクション時計と思いがちですが、ヴィンテージ時計でも実用時計として十分使えるものもあります。

機械式時計のどこがいいのか? その17

今回は、「実用時計」について考えてみます。例えば、ロレックスは最高の実用高級時計である、という言い方をされます。でもよくよく考えてみると、「実用時計」、これって不思議な単語ではないでしょうか?実用されない時計というのはそもそもあるんでしょうか?しかしながら、実用時計という言い方がある(英語にも同じような単語があるようです)からにはその対極の概念としてコレクション時計が存在する、あるいは、コレクションまたは工芸的価値のあるものが「時計」というカテゴリーには存在するということになります。 つい先立ってのオークションでは、ブレゲの懐中時計が二個6億円で落札されました。また、1943年製のパテックフィリップの純金製の永久カレンダー腕時計が2010年当時5億円で落札されたこともあります。これらは博物館で飾られる類のものでしょうから、実際に腕につけて使うことはないでしょう。まずこれらは純然たるコレクション時計であるといって間違いないと思います。とすると腕時計には、少なくとも実用して使われる時計と、コレクションをして楽しむ時計という二つの種類が存在することになります。 次は「実用高級時計」です。これもまた不思議な単語です。実用高級時計というものがあるとすると、実用中級時計、実用低級時計というのが存在してもおかしくないです。しかし、これらの単語はあまり聞きません。かわりに、ミドルレンジの機械式時計、低価格帯の腕時計という言い方はよく聞きますから、ここでの「高級」というのは、価格のことを言っているんじゃないかと考えてまあ間違っていなさそうです。 ここで冒頭の「ロレックスは最高の実用高級時計である」というフレーズをリフレーズすると、「ある程度高価格帯の実用に供される時計のなかでは、ロレックスは最高である」ということになります。おもしろいですね。高い時計が実用上いいというわけでは必ずしもない、というのが、この言い回しにも表われています。高価格帯の時計には、実用というよりコレクションとして楽しむ、審美性を楽しむことを目的としている場合があると捉えることも可能です。 さて画像は、ギャレットのExcel-O-graphです。MINT状態のこの時計は、私の「コレクション時計」です。ほとんど外に連れ出しません。1960年代後半の製造で、43mmという大振りなケースに名機エクセルシオパークを搭載しています。この時計がいいのは、航空計算尺を供えたそのデザインと大きさ、それとやはりカラーリングでしょうか。5分ごとに赤く塗られた30分計と赤いクロノグラフ秒針、センターは濃いインディゴブルー、 分秒目盛りは白でプリントされ、ゴチャっとしがちな文字盤でもしっかり視認性が確保できるようになっています。ケースの仕上げなどは、それはパテックなどと比較するとお世辞にもよいとは言えませんが、回転計算尺を供えた航空時計としては、必要十分に堅牢に仕上げてあります。 かつてのクロノグラフの名門として有名なギャレットですが、現在でも会社として存続しています。最近ではフライトオフィサーのミュージアムエディションなどを出したりしています。ウェブページは、 http://www.galletwatch.com/ です。

機械式時計のどこがいいのか? その6

機械式時計の位置づけ、構成要素、工業製品としてのデザイン上の制約、幅広い製品ラインアップまでを駆け足で見てきました。そういう、ある制約に基づいて作られた工業製品、機械式時計。そういう製品のどこがいいんでしょうか?それをもう一度検討してみます。 まず、いい、悪いを決めるというのは、簡単な話ではないです。いい、悪いというのは絶対的な判断基準ではなく、相対的な価値観です。AはBと比較していい、ということはいえますが、Aは絶対的にいい、Bは絶対的に悪い、ということはできません。 モノの価値を決めるのは人間ですから、ある人が「これはいい」といえば、それはそれでいいモノである、といえます。判断基準となる好みは人によって千差万別です。ロレックス デイトナがいいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうし、パテックフィリップの名作Ref.96がお好きな方もいらっしゃるでしょう。また、セイコー5がいいという方もおられるでしょう。 次に、いい、悪いの比較対象です。現代のわれわれはきっと「機械式時計」という場合、比較対象としてクォーツ時計を思い浮べると思います。「時間を知るだけだったら、ケータイでいいじゃん」「クォーツが正確だし、わざわざゼンマイ巻かなくていいし、なんでローテクの機械式時計?」まったくおっしゃる通りです。そこで、少しクオーツ時計について見てみることにします。 クオーツ時計は、一日に10秒程度は誤差がある機械式時計と違って、その誤差は一カ月で10秒程度におさまります。ざっと30倍は精度がいいことになります。また耐衝撃性も高いです。機械式時計は、テンプが一秒間に数回の往復運動をすることで一定の時間を刻みます。この部分が、どうしても衝撃に対しては弱くなります。クオーツ時計の場合、一定クロックを生成するのは水晶の固体振動子になりますので、衝撃に対して強くできます。そしてクオーツ時計は電子機器ですので、部品点数は機械式時計に対して少なくできます。100以上の部品を必要とする機械式時計に対して、おおよそ約半分の部品数で構成されます。しかも、電池式ですからいちいちゼンマイを巻き上げなくても、使いたいときに使えます。精度はいい、衝撃にも強い、使い勝手はいい、しかも電子機器ですから安価です。ここまで揃っている時計があるのに、なぜ機械式時計がいるんでしょうか。 実際にクオーツ腕時計の発明の結果、1970年代には機械式時計は絶滅寸前まで追い込まれてしまいます。1969年、ゼニスは、自動巻きクロノグラフとして有名なエルプリメロを発表しますが、そのわずか3年後には、アメリカのラジオメーカーに買収され、機械式時計の生産中止を言いわたされることになってしまいます。

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