ムーブメントの話、続きます。APが採用したムーブメントは一番美しい自動巻の一つとされています。ではいったい、どこが一番美しいのでしょうか。コート・ド・ジュネーブやベルラージュ、部品の面取りといった仕上げはスイス時計産業の伝統的な仕上げです。もちろんAP2121の仕上げは素晴しいです。しかし、この仕上げ自体は、AP 2121 でなくても素晴らしい仕上げのものはあります。最近の時計では、ショパールL.U.C 1.96のとくに初期のムーブメントなどは素晴らしい仕上げですし、ETAのムーブメントでも上級品になるとかなりの仕上げが施されているものもあります。一番美しい自動巻の一つと言われているものが、仕上げの美しさだけというのでは、ちょっと消化不良ではないでしょうか。いったい、どこが一番美しいとされているのでしょう?時計のムーブメントの美しさの判定基準はどこにあるのでしょう? その一つには、ムーブメントの設計思想があるかもしれません。機械式時計のムーブメントは、機械部品で構成されます。出来上がりに個体差はあるにせよ、少なくとも1000個程度は量産されます。その、ある程度量産されるムーブメントの基本形はその設計思想によって規定されます。 ジャガールクルト920の設計思想は、薄型自動巻のための妥協を排した設計思想です。 では、ここでいう妥協とは何でしょう。ある仕様を満足しようとすると、ある部分を犠牲にしなければいけない。よくあるトレードオフの関係です。薄型という仕様を満足するためには、ムーブメントの設計では何が犠牲になるんでしょう? まず設計上、一番課題になるところを考えてみましょう。つまり、時計のムーブメントで一番厚みが出るのはどこでしょうか?それは、いうまでもなく中心部分ですね。少なくとも時針、分針の二本の針が運針しますので、必要な歯車が重なります。自動巻の場合は、さらにここに自動巻用の回転ローターの回転軸が配置されます。薄型のムーブメントを設計しようとする場合、まずはこの中心部分をどう薄く設計するのかというのが課題になります。 では、そんなに中心部分に歯車や回転軸が配置されるのが問題だったら、その配置をずらせばいいのではないでしょうか。つまり、以下のアプローチです。 分針をドライブする歯車(二番車)を、センターに置かずにオフセットさせる。 自動巻用のローターの回転軸を、センターに置かずにオフセットさせる(マイクロローター)。 これらは一見よさそうに見えますが、これらの選択肢には薄型の設計を容易にするというメリットの代わりにデメリットがあります。それぞれのデメリットは以下です。 リューズを引いて時刻あわせ後、リューズを戻す時に針飛びを起しやすい 自動巻用のローターの回転半径が小さくなり、自動巻の巻上効率が悪くなる ジャガールクルト920が設計された当時、これらの選択肢はすでにありました。しかし、この機械では、これらの選択肢をとっていません。つまり、二番車がセンターにあり、自動巻用のローターの回転軸もセンターにあります。しかもそれで薄型のムーブメントを実現するという選択肢を設計者は採用しました。つまり、上述のデメリットを嫌い、王道の設計で、薄型のムーブメントを設計するという選択を設計者は決断したことになります。 画像はロイヤルオークジャンボ5402の側面からです。厚さはわずか7mmです。
ジェラルド・ジェンタが、新しいデザインの高級スポーツ時計をオーデマピゲと開拓した当時の時計ケースの特許を見てきました。ジェンタがいうように、たしかに新しい外観で、製造性も考慮されており、しかも防水性も確保されているようです。 次は、そのケースに収められる時計の中身、ムーブメントを見てみましょう。初代ロイヤルオークは、いままでにない新しいデザインを訴求して作られました。そのための新しいケースは裏蓋がなく、薄型にして、なおかつ十分な防水性、対衝撃性を保つことができました。その薄型ケースに採用されたのは、ジャガー・ルクルト920ベースのムーブメント(AP 2121)です。厚さわずか3.05mmの自動巻きムーブメントで、量産される自動巻ムーブメントの中ではもっとも美しいムーブメントの一つといっていいでしょう。 人の手がかかればかかるほど、モノは高級品になります。ムーブメントで手がかかるところは、もちろんその仕上げです。同じベースムーブメントでも、仕上げによって全然違うムーブメントになり、高級品になればなるほど、ステンレスの削り出し部品に仕上げが加わります。まずは部品の面とりです。削り出されたステンレスを磨いて角をとります。そして、一つ一つの部品にコート・ド・ジュネーブといわれるさざ波のような仕上げをしていきます。ムーブメントの地板や裏蓋にはベルラージュと言われる仕上げを施します。歯車の歯は、一本一本磨きます。これによって、歯車の抵抗が減りトルクのロスを減らせます。 画像は最新のオーデマピゲ 2121 のムーブメントです。ムーブメントの中央部に何本か斜めに見える線がコート・ド・ジュネーブです。外周部には、ムーブメントの地板に施された円の紋様、ベルラージュ仕上げが見えます。部品の一つ一つは磨かれ、面取りされているのが分かります。
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