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本物ノス丶メ その 3

さて、人はなぜ偽物を入手してしまうのか。このことについての考察を続けたい。まずは簡単なところから取りかかろう。 1. 知らなかった。ネットで安いから買ってみたら偽物だった。 これは意外と多いのではないだろうか。筆者はもともとPC趣味だったからインターネットの黎明期からネット上の個人取引の経験がある。自己責任も注意点も十二分に分かっていると自分では思っていた。 そんな筆者でも、一度だけ偽物をネットの個人取引で購入させられそうになってしまったことがある。 ある時たまたま、当時調べていたあるブランドの時計で、これって安いな~と思う商品をオークションサイトで見つけた。そこで、出品物の画像、出品者の過去の履歴などを一通り確認し、「特に問題なし」と最高額を指定して入札した。帰宅してオークションサイトを確認すると筆者が落札していた。だが、同時になにか変だとも思った。そこで再度確認してみると明らかな偽物であった。 偽物は、販売するのも購入するのも法律違反だ。筆者としては法律違反をするわけにはいかないから取引はキャンセルせざるをえない 。しかし筆者はその偽物を一旦落札しているので、システム上は-1がついてしまう。筆者のオークション履歴にある-1がこれである。 これ以降、筆者のネット取引の自分ルールに以下の項目が追加された。 安いな~と思ったときは要注意 思い込みは目を曇らせる。普段はできるようなことができなくなる。筆者の場合、再チェックするとすぐ分かるようなことに、思い込みで目が曇っているときは気付くことができなかった。 ブランド品は、基本的には不要不急の品物である。買わなかったからといって、損することはない。 今回の時計は、ロイヤルオークジャンボ5402。六本木で行なわれていたオーデマ・ピゲのイベントで展示されていたオリジナルのA番である。

機械式時計のどこがいいのか その35

若い時期の一時期、年齢を経てからでは絶対に不可能な仕事を達成することがある。ジェラルド・ジェンタにおけるロイヤルオークもその一つかもしれない。 ジェンタが秀逸なことは、その特許を読めば分かる。ジェンタは、どうやら自分のやっている進行中の仕事のその価値が分かっていたらしい。自分の行った仕事の価値を自分で理解してそれを文章にする。これは簡単に見えるが、実はそう簡単な作業ではない。新規性を産み出した人間が、自分で自分の産み出した価値をアピールするのは実は非常にバランスを必要とする、繊細な作業なのだ。 まずたいていの人は、まさに作業しているその新しい仕事に集中して時間をかければかけるほど、その仕事そのものが自分にとってはルーチンの仕事になってしまい、どこに新規性があったのか分からなくなってくる。そうならないためには他者の仕事を広く知ってつねに意識しておく必要がある。 その一方で新規性を産み出すためには、他者の仕事を知りすぎないということも必要になる。他者の仕事を知れば知るほど、自分の中ではそれが当たり前になってしまい、そうなってしまうとブレイクスルーの必要性も失われてしまう。ブレイクスルーするためには、他者の仕事を知りつつも、「ここが不便だ。ここがおかしい。自分だったらこうする」という強烈な意識を保つ必要がある。その意識を保つためには、年齢的には気力がみなぎっている若いほうが有利であろうし、その意識を保つために、あえて知らないということも場合によっては必要になってくる。 ジェンタの秀逸なところは、そこで微塵もブレていないところである。自分の仕事の価値はここにある。世の中にある新しい仕事はここにあると書いている。若いとはいえ、当時から広くいろんな仕事を見ていたのであろう。 ジェンタが残したロイヤルオーク。ジェンタが予見した通り、現代でも、このデザインはいささかも古びていない。当時としては破格な39mmという大きさ、加えてドレスなみの7mmという野心的な薄さ、さらに防水のためにテンションリングに頼らないワンピースケース、そのために採用になった伝説的なキャリバー2121。文字盤のタペストリーダイヤルに、極限までつめた針と文字盤のクリアランス。いささかの妥協も許さないそのデザイン、これこそが若さであると思う。これからの時代を自分が拓くという気概に満ちている。いつまでたっても古びない、若い時計。それがロイヤルオークなのかもしれない。  

機械式時計のどこがいいのか? その34

やはり機械式時計は機械式なのです。ゼンマイで動力を与えて、歯車を複数動かし、そして、何らかの目的にあった形で時間を掲示するのです。その大きな流れが軍用とドレス用です。以下の写真はパネライルミノール47mmとオーデマピゲのヴィンテージ、VZSSc 36mm です。 果してどちらが高級時計に見えるでしょうか?もちろん、パネライルミノールもかなりな高級時計です。しかし、どちらかといえば、やはり高級に見えるのはドレス時計のオーデマピゲではないでしょうか? そもそもの目的が違うので、この二つを比べるのはすこし無理がありますが、パネライは、イタリア海軍の軍用時計をモチーフに頑丈さ、防水性、精度を追求しており、ラグジュアリースポーツという新しい系統に属します。これはそもそもはオーデマピゲのロイヤルオークによって開拓された分野で、パネライが現在先陣を切って開拓している分野といってもそうは間違っていないでしょう。 一方の名機の誉れ高いオーデマピゲのVZSScです。素晴しいムーブメントを搭載しており、仕上げはもちろん、精度も当時のクロノメーター級です。1950年代の時計ですが、現在でもかなりの高精度を維持しています。一方でお世辞にも頑丈とはいえません。また、防水性もほとんどありません。 やはりムーブメントが時計の形を決める部分はかなり大きいのです。パネライのムーブメントでは、ドレス時計を作るのは至難の技でしょうし、一方のAP VZSScは、間違っても数を量産できるムーブメントではありません。現代でもオーデマピゲAP2121など仕上げの卓越したムーブメントの量産数量は限られており、故障時の代替部品の迅速な供給が求められる軍用などのハードな用途に使う時計にはまず向いてはいないでしょう。

機械式時計のどこがいいのか? その23

ロイヤルオークの続きです。今度は特許の本文を読んでみましょう。ジェンタが何を考えてこのケースを考えたのか、少し見えてくるかもしれません。 この発明は時計のケースに関するものです。 高い防水性を持つ時計ケース、これが発明の目的の一つです。これは、とりわけシンプルで、製造に適しており、そして、美しい外観を持ちます。 この防水性の高い時計ケースは、ケースバックと、風防を挟み込んだベゼルとを何本かのネジで結合します。そのケースバック、ベゼル、風防とムーブメントのケーシング用のフレームの間には防水性の高いパッキンが配置されます。 似たような構造の例はたくさんあります。しかしながら、従来の構成では、ケースバックが直接、薄い環状のパッキンを圧着します。この方式の欠点は、その部分以外の時計の接合部分にありました。とりわけベゼルとケースとの間が、ある一定期間水で満たされた場合、これらの部品が錆びてしまうかもしれません。 この発明によって作られる時計ケースの大きな目的は、時計ケースのすべての部品に対する完全な防水性を保証することです。そして、新しく美しい外観、また製造の容易さも考慮されています。 ジェンタは、新しいスポーツ時計をデザインするにあたって、防水性をもちろん考えていました。しかし同時に時計の外観に配慮し、さらに製造の容易さまでもデザインの段階で考えていたということが分かります。

機械式時計のどこがいいのか? その22

ロイヤルオークの話を続けます。仕上げは最終工程ですから、その時計の作られたコンセプトと密接に関連があります。そこで今回はロイヤルオークの特許を読んでみたいと思います。まずは表紙です。 画像は、1973年9月に成立しているU.S.の特許です。スイスで成立しているのは1971年12月です。発明者はジェラルド・ジェンタ、特許の権利者はオーデマピゲです。4ページしかないので、比較的簡単に読めます。 概要のところを訳出してみます。これはほぼ特許の請求事項と同じです。 ケースバックとベゼル、風防ガラスとをネジによって結合する防水時計ケースです。ケースバックとベゼル、風防ガラス、ムーブメントを支えるフレームとの間には防水パッキンが配置されます。ネジの頭はベゼルに埋めこまれるようになっています。それらのネジは、内部に用意されている受け穴に固定され、ケースバックから必要に応じてそのネジを固定できます。それぞれのネジとネジ受けは、防水パッキンを貫通していて、ガラスとベゼル、ケースバックとベゼル、ケースバックとムーブメント用のフレームとの間の防水性を保証しています。 一言でいえば、裏蓋がないタイプの新しいケースの特許です。特徴的なのは、ベゼルとケースとを何本かのネジで結合して、その間に風防ガラスとムーブメント支持用のフレームを挟みこむことです。その間に防水パッキンを置くことで、防水性を確保するというアイデアになります。 図でいう8がネジ,11は円ではないネジの頭です。9がネジ受け,10はそのネジ受け内部に溝が切られている部分です。防水パッキン4はこれはA(ベゼル5とケースとの間)、B(ベゼル5とガラス6との間)、C、(ケースとムーブメント13のケーシング用リング12との間)の間を満たします。 特許には新規性が必要です。そこでこの特許の新規性は、いままでの問題点を解決する防水ケースという観点で書いてあります。しかしこの特許は、防水性という実用性だけではなく、外観的な部分も考えていることが分かります。ベゼルの上にネジが出ていてはかっこ悪いですよね。なので、ネジの頭の部分をベゼルに埋めこめるようになっています。しかし、ただ、埋めこめるようにしてしまうと、ネジが回転できなくなります。そこで、ネジの回転は、内部に埋めこまれているネジの受け穴で十分回転でき、ベゼルを固定できるようになっています。 興味深いことに、この特許の図では、ロイヤルオークのネジの向きは揃っていません。みなマチマチの方向を向いています。

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