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Tag 仕上げ

機械式時計のどこがいいのか? その24

ジェラルド・ジェンタが、新しいデザインの高級スポーツ時計をオーデマピゲと開拓した当時の時計ケースの特許を見てきました。ジェンタがいうように、たしかに新しい外観で、製造性も考慮されており、しかも防水性も確保されているようです。 次は、そのケースに収められる時計の中身、ムーブメントを見てみましょう。初代ロイヤルオークは、いままでにない新しいデザインを訴求して作られました。そのための新しいケースは裏蓋がなく、薄型にして、なおかつ十分な防水性、対衝撃性を保つことができました。その薄型ケースに採用されたのは、ジャガー・ルクルト920ベースのムーブメント(AP 2121)です。厚さわずか3.05mmの自動巻きムーブメントで、量産される自動巻ムーブメントの中ではもっとも美しいムーブメントの一つといっていいでしょう。 人の手がかかればかかるほど、モノは高級品になります。ムーブメントで手がかかるところは、もちろんその仕上げです。同じベースムーブメントでも、仕上げによって全然違うムーブメントになり、高級品になればなるほど、ステンレスの削り出し部品に仕上げが加わります。まずは部品の面とりです。削り出されたステンレスを磨いて角をとります。そして、一つ一つの部品にコート・ド・ジュネーブといわれるさざ波のような仕上げをしていきます。ムーブメントの地板や裏蓋にはベルラージュと言われる仕上げを施します。歯車の歯は、一本一本磨きます。これによって、歯車の抵抗が減りトルクのロスを減らせます。 画像は最新のオーデマピゲ 2121 のムーブメントです。ムーブメントの中央部に何本か斜めに見える線がコート・ド・ジュネーブです。外周部には、ムーブメントの地板に施された円の紋様、ベルラージュ仕上げが見えます。部品の一つ一つは磨かれ、面取りされているのが分かります。

機械式時計のどこがいいのか? その21

仕上げの話、まだまだ続きます。今回は、オーデマピゲのロイヤルオークを取り上げます。ステンレス製の高級スポーツ時計という分野を開拓した時計です。オーデマピゲやパテックフィリップといった「超」のつく高級時計メーカーは、ステンレスという素材を原則として使っていませんでした。そのほとんどが金無垢の素材の時計で、ステンレスを使うのはほぼスポーツラインのみです。そのステンレス製のスポーツラインの嚆矢がこのロイヤルオークです。ジェラルド・ジェンタ(故人)という有名な時計デザイナーの代表的な作品です。パテックフィリップのノーチラスも彼のデザインになります。 ロイヤルオークのデザインコンセプトは、薄型の高級スポーツ時計の追求にありました。スポーツ時計というからには防水性があり、衝撃に強くなければいけません。70年代当時、ネジ込み方式の裏蓋を使って防水ケースにする技術(スクリューバック)はすでにありました。しかし、ケース裏に裏蓋のねじ込み用の溝を切ると、その分厚さが増してしまいます。わずか1、2mmですがジェンタはこれを嫌いました。そこで裏蓋のない一体式のケースを考案し、パッキンを挟みこんで、ベゼルで上から挟み、ムーブメントを固定する構造を採用します。このベゼルは、風防も挟みこみ、これも当時の防水の弱点だった、風防とケースの接点部分の防水性能も改善します。この結果、わずか7mmの薄さで必要な防水性能を達成しています。 デザインだけでなく、このロイヤルオークは仕上げも秀逸です。薄型の時計で普通に磨き仕上げをすると、それだけでは通常の薄型のドレスウオッチとさほど違わないデザイン、仕上げになります。ジェンタは当然ながらこれも嫌いました。ジェンタは、この裏蓋がない新しい一体形のケースが、今迄にないデザインを可能にするのを知っていました。ロイヤルオークのモチーフは、イギリスの戦艦「ロイヤルオーク号」の八角形の船窓です。ジェンタデザインのロイヤルオークも同様に、八角形のベゼルを持ちます。ジェンタは、このロイヤルオークに、曲面ではなく、平面を組み合わせたケースデザインを与えました。さらに、この新しい薄型ケースを立体的に見せるために、サテン(ヘアライン)仕上げと磨き(ポリッシュ)仕上げをうまく使い分けます。ベゼル前面はサテン、ベゼルの側面はポリッシュ、さらにベゼル下部に回りこむと、画像では線のようにしか見えませんが、サテン仕上げになっています。同じく、ケース前面およびケース側面はサテン仕上げですが、その境目はラグに向かって少しだけ広くなるようなポリッシュ仕上げです。 この仕上げがなければ、ロイヤルオークは、ここまでのモノにはならなかったのではと個人的には思っています。おそらく数ある時計の中でもロイヤルオークは、一、二に仕上げが難しい時計ではないでしょうか。ロイヤルオークのジャンボ自体、数が少ないですが、そのオリジナルを見たことがない時計店でポリッシュやサテン仕上げがされると、ベゼルの直線部分が曲面になったり、ケースの前面と側面のポリッシュ仕上げ部分も丸くなったりなど、緊張感のない時計になっている例をときどき見かけます。特にロイヤルオークはその幅広のベゼルにキズが入ると目立ちます。ので、必要以上に磨いてしまうのでしょう。まあ、それでも悪い時計ではないですが、少し残念な気がすることもまた事実です。仕上げは、最後に時計に魂を込める工程ともいえます。やはりオリジナルのコンセプトを尊重して入魂するのが望ましいといえるのかもしれません。 画像は70年代の初代ロイヤルオークジャンボです。これは筆者が友人に譲ったもので、いまは友人の手元で可愛がられています。

機械式時計のどこがいいのか? その19

機械式時計の位置づけ、クオーツ時計との比較、実用時計とコレクション時計と見てきまして、ようやく本題に近づいてきました。機械式時計のどこがいいのか、今回からのテーマは「外装や機械の仕上げ」です。「仕上げ」とは一言でいえば、職人が手間暇をかけてモノを磨き上げる工程、といってもいいでしょう。腕のいい職人が丹精こめて磨き上げた品物は、時計であれ靴であれ器物であれいいものです。いいモノを身につけると、気分まで変わってきますよね。 ところで、いいモノにするために職人が手間暇かけることができるには、何が必要でしょう?まずはその職人の基礎的技量、その技量を磨く年月がなければ、モノになりません。しかしながら、職人が修行できるそのためには、そのモノが世の中に受け入れられ、ある一定程度、常に需要があること、つまりお客が必要です。 いくら優秀な職人が長年修行しても、それが世の中に認められず、作品が二束三文でしか売れないとなればその職人はおそらく廃業するしかないでしょう。職人は芸術家とは違います。お客あっての職人です。芸術家 というのは、認められようが認められなかろうが、売れようが売れまいがおかまいなしに自分の好きなことをただひたすら追求する人たちのことでしょう。一方、職人は、そのモノが常に一定の需要があるということを前提にして生活の糧を得ています。その仕事は細かく分業されているのが常です。 京うちわという工芸品があります。比較的廉価なものもありますが、最高級のものは、扇ぐというよりは飾って清涼感を演出するためのものです。柄の部分とうちわ本体は別体式になっており、うちわ部分は細い繊細な竹で骨組が組まれ、透けて見える骨組のその上に花鳥風月の彩を添えています。高級なものは8万円以上します。竹の骨をつくる竹職人、団扇を張りあわせる職人、細工職人などによる手作業の連携で、出来上がりに一年以上かかることもあることを考えると、その値段もまあ納得です。画像は京うちわ阿以波さんからです。 腕時計の世界もやはり職人の分業化が進んでおり、ムーブメントの専業会社、モジュール会社、針を作る会社、文字盤を作る会社、ガラス会社、ケース会社などに細かく分かれてそれぞれの腕を競っています。 腕時計の場合、特にムーブメント製造部門を持つ時計会社のことをマニュファクチュールということがあります。もちろんムーブメントは、時計の主要な部品です。しかし、時計の生産には他にも多くの部品が必要で、マニュファクチュールといえども、多くの協力会社の存在を抜きに時計は生産できません。ムーブメントの主要部品、ヒゲゼンマイは ニヴァロックス社製であることが多いですし、ロレックスのサファイアガラスは日本製です。 画像は、パテックフィリップの年次カレンダー5205です。これは私の友人の所有です。年次カレンダー以上になると、パテックのケースの仕上げは明らかに群を抜いています。特にケースの曲面仕上げが素晴らしく、面と面の接合がきちんとしており、まったく隙がありません。

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