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機械式時計はなぜ動くのか その15

機械式時計の精度について説明するための一つの概念、Q値についての考察を続ける。アカデミックなQ値のイメージはなんとなく分かっていただいたとしても、具体的な皮膚感覚においても、これが意外とマッチするのである。下の図が発振周波数、Q値、日差の例を併記した表である。 クオーツ時計の場合、発振周波数が機械式時計に比較して高いから精度がよいと喧伝されている。日差5秒の機械式時計に対して、日差1秒未満、月差15~25秒程度のクオーツ時計というのは納得できる範囲だろう。素晴しく精度が良いようにも思えてしまうが、周波数で比較すると、1万倍もの高い周波数に対して、その精度はたかだか10倍程度である。思ったほどよくもない気がしてしまう。 一方で発振周波数ではなく、Q値による比較を行うと、Q=300程度の機械式時計に対して、クオーツ時計はQ=3000程度、おおよそ10倍である。このくらいの精度の差が、実によく機械式時計の精度とクオーツ時計の精度の差を表わしているように見えてこないだろうか。 画像はオメガ・スピードマスタープロフェッショナル。最初に月に行った時計としても有名な時計である。

機械式時計はなぜ動くのか その13

時計は、一般に振動数が高いと精度がよいと言われる。しかしながら、同じ振動数でも精度が明らかに違う場合がある。5~10振動(2.5Hz~5Hz)の時計で、日差1分~1秒未満となると、実に2桁も違うことになる。同じ仕組みで動作する機械なのにも拘わらず、どうしてこれほど違うのであろうか。 これを説明するために、ここで一つ、工学でよく使われる指標を紹介したい。数式はできるだけ避けたいと考えていたが、この指標だけはどうしても説明に必要なようである。それがQ値という指標である。Q値とは、英語ではQuality(品質)-Factorとされており、電気工学で通信ネットワーク(電話線など)の損失の計算に便利だということで導入された指標である。この概念は、今からおおよそ100年前、第一世界大戦の勃発した 1914年に、ウェスタン・エレクトリック社の研究所(高名なベル研の前身)、K. S. Johnson によって初めて提唱された。 当初は、”Q”というアルファベットは、Qualityの頭文字などではなかったようだ。A,B,C,D…など他のアルファベットがほとんど記号として使われてしまっており、残っていた使えるアルファベットが”Q”しかなかったからことから選択されたという( The story of Q )。その”Q”というアルファベットが一番最初に使われた文献は、1923年に K. S. Johnson が出願した US特許 1,628,983だとされている。 その、一見時計まったく関係ない分野で最初に使われた Q値が、なぜ機械式時計の精度に関係があるのであろうか。 下図が、一番最初に”Q”というアルファベットが使われたUS特許の導入部のキャプチャである。

機械式時計はなぜ動くのか その11

トルクに関して理解が進んだところで、次に進めていきたいのは、精度保証の仕組み、テンプの動きについてである。一般に、クオーツ時計は、原発振周波数が高いから機械式時計よりも精度が良いとよく言われる。本当にそうなのだろうか。まずここからはじめてみたい。 筆者はかつて、機械式時計はなぜ動くのか その1にて、 32KHzと 5Hz、6400倍もの差がありながら、クオーツおよび機械式時計の精度の差はおおよそ数十倍程度です。 と書いた。 たしかにクオーツ時計は精度が良いが、発振周波数の差と精度の差とを比較すると、発振周波数の差に比較して、機械式時計の精度は良すぎるように思えてしまう。 きちんと作られた機械式時計は、きちんと整備をすると、数十年前の時計でも日常使いできる精度で動作する。機械式時計の仕組みとは、実に、驚くほど完成された仕組みなのではないだろうか。 写真は、整備から上がったばかりのセイコー社のヴィンテージ時計、ロードマーベルである。防水が期待できないこの当時の時計を、この暑い最中、普通に着用して仕事で使っているが、日差+3秒、パワーリザーブ48時間で快適に時を刻み続けている。

機械式時計のどこがいいのか? その18

実用時計の続きです。実用時計とコレクション時計とを分けるものは何でしょうか?現代社会で実用時計とされる条件をいくつか挙げてみましょう。 防水性 … 日常生活防水で普段は問題ないでしょう。しかし夏は水道の水でジャブジャブ洗いたくなります。また夏場の遊園地で霧状の水をかけられることもありますが、あれってけっこう危険かもしれません。水が水蒸気になると、わずかな隙間からでも侵入しやすくなります。 対衝撃性 … 衝撃に弱いムーブメントですと、スポーツの時には外すなど、気を使って取り扱うのが望ましいです。 精度 … 少なくとも日差+-30秒以内であって欲しいです。+-5秒以内だと素晴しいです。 針あわせの容易さ … 秒針停止機能があれば、分針と秒針とをきっちりあわせられます。また、リューズを押し込んで分針をセットするときに針飛びをしないのも大事です。これで針飛びする時計は意外とあります。 防磁性 … スマートフォンやPC、TVなど電気製品があふれる現代では、ある程度はもはや仕方がありませんが、防磁を考えている時計であればある程度は防げます。 メンテナンス性 … 壊れたときに修理してくれるところがあるのかどうか。また傷つけてしまったときも、ケースを磨くことができるのかどうか。一般的にドレス時計は薄型で仕上げがいいので、キズには弱いです。 携帯性 … 大きくて厚い時計ってかっこいいですが、携帯性はあまりよくないです。 所有感 … いつも身につけているものですから、持っていて満足感がある時計であって欲しいです。 例えばロレックス、オメガ、ブライトリング、IWC、ロンジンあたりであれば、上の条件はある程度満たされるでしょう。中でもロレックスは実用時計最高峰と言われるだけあって、これらの条件のほとんどを満たします。ところで一方、パテックフィリップやオーデマピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンなどの雲上時計と称される時計になってくると、日常生活防水の薄型ドレス時計や繊細なムーブを搭載しているスポーツ時計も出てきます。 どちらがいいということはありません。最終的にはライフスタイルと好みになってくると思います。夏場に遊園地にいったりプールで泳いだりするときに機械式時計をつけるかつけないかはお好みですし、そもそも遊園地なんていかないという人もいらっしゃると思います。 画像は、ヴィンテージのオメガ スピードマスタープロフェッショナルです。月に行った時計ということでムーンウオッチとも呼ばれます。1968年製で、いわゆる4thといわれるケースと、ダイヤルには立体的なアプライドのオメガマーク。この固体は、ちょうど過渡期に作られたもので、内蔵されているムーブは Cal.861です。このCal.861は、何度か改良を経て40年後の現在でもほぼ同じものが使われています。 40年以上前の時計なのですが、これは私の「実用時計」です。精度は+-10秒程度ですし、秒針停止機能はありませんが、分針をあわせるときに針が飛んだりはしません。水道でジャブジャブ洗うほどの防水性はありませんが、普段使い程度の防水性は今も確保されています。宇宙で使うためのNASAのテストに合格しただけあって、対衝撃性もあり、頑丈に作られています。スクリューバックの裏蓋の下にはムーブメントを守るためのインナーケースがあり、このため防磁性もある程度確保されています。Cal.861は、ほぼ現行ムーブメントと同じですから、万が一壊れたときのメンテナンスもまったく心配ありません。 ヴィンテージ時計=コレクション時計と思いがちですが、ヴィンテージ時計でも実用時計として十分使えるものもあります。

機械式時計のどこがいいのか? その14

おおよそ機械式時計とクオーツ時計の差が出揃いました。再度まとめてみましょう。 精度については、機械式時計はいわれているほど悪くはありません。一日10秒~20秒程度というのは十分実用に耐える精度で、原型の誕生からおおよそ300年以上たつゼンマイ時計という古い仕組みの機械としては驚異的な精度と思えます。また、機械式時計はトルクが大きく、大きく見易い針を使えます。ところで一方、精度をだすための仕組みを一秒に数回も回転するアンクル型脱進器に頼っており、その上トルクが大きいために部品の摩耗が大きくなります。そのため定期的なオーバーホールが必須になります。 一方、クオーツ時計はトルクが抑え気味にしてある上に、一秒間に数回も回転するような機械部品がありません。そのため、部品の摩耗が機械式時計に比べて小さく、オーバーホールの必要性がそう高くはありません。オーバーホールするのが望ましいのは間違いありませんが、電池交換だけでそれなりに長い間正確に動作することが多いのはそのためです。 さて精度、視認性と少し差はありますが、機械式時計とクオーツ時計と比べたときに、一番の大きな違いはやはりこのメンテナンス性でしょうか?機械式時計はメンテしないとただの鉄のカタマリです。ところが一方、定期的にメンテナンスさえしてあげれば50年以上前の時計でも十分実用できる精度で動き出します。 画像は1950年代のオーデマピゲの名作、VZSScのムーブです。ムーブメントの上部にテンプが見えます。

機械式時計のどこがいいのか?その7

機械式時計と比較されるクオーツ時計についての続きです。クオーツ時計は、精度に優れ、耐衝撃性にも配慮でき、安価です。時間を知るための機械として、これらはとても大きなアドバンテージと思えます。 では、クオーツ時計に欠点はないのでしょうか?クオーツ時計といっても、人間が作った機械ですから当然制約があります。機械式時計の大きな制約がムーブメントにあったように、クオーツもその駆動部分に制約条件があるかもしれません。 まず、機械式時計はゼンマイを動力として動きますが、クオーツ時計は電気を動力源として動きます。機械式時計は基本的には毎日、動力源を巻きあげてくれるということを前提にすべての機構が設計されています。その一方でクオーツ時計は3年ほどは電池を取り換えなくても動くことを前提としています。ということは、クオーツ時計はできるだけ電池を長持ちさせるように、節約して使うように設計するのが大前提になっているということです。このため、大きな針をブン回すよりも、控え目な軽い針を一秒ごとに動かします。これは、デザインの上での大きな制約条件になりますし、あまりに小さな針にしてしまうと視認性の問題にもなってきます。 また、電気で動作するために、ウィークポイントは電気になります。つまり、雷などのサージ電気には弱いです。滅多にはないことですが、パイロットが飛行中に雷にあい、クオーツ時計が狂って使えなくなり、それ以来ブライトリングを持ち歩くようになった、という話を実際に聞いたことがあります。 最後に、メンテナンスの制約があります。クオーツ時計のムーブメントは大量生産の電子機器です。つまりは部品の保有年数は基本的には7年から10年という一般的な電子機器の基準になります。部品があればセイコーでも古い時計のメンテナンスは受け付けてくれますが基本は7年(グランドセイコー、クレドール、ガランテは10年)になります。これはきちんとした機械式時計のメーカーとは大きな違いです。例えばロレックスではおおよそ30年です。この年数は、あれだけ多量に機械式時計を生産する会社にしてはかなり誠実な年数に思えます。またブライトリングでは、1950年代の機械式時計のメンテナンスを受け付けてもらったことがあります。パテック、バセロン、オーデマピゲ、IWC、ロンジン、オメガなども同様の体制を整えています。費用はそれなりにかかりますが、古い時計でもメーカー修理に出すことができるというのは、その時計を使い続ける上での大きな安心材料といえそうです。 表にまとめてみます。ここで取り上げているのはあくまで代表的な例になります。時計はいろんな目的で作られます。よりよい精度の時計としてはクロノメータ規格、年差クオーツなどがありますし、ムーブメントとしては、機械式とクオーツのハイブリッド、キネティックやスプリングドライブなどもあります。部品点数では機能によってかなり変わってきます。クロノグラフだと300以上の部品を使うこともあります。ゼンマイの持続時間としては、7日巻きというのもありますし、最新のムーブメントでは巻上から3日持つ(70時間のパワーリザーブ)というのも増えています。

機械式時計のどこがいいのか? その6

機械式時計の位置づけ、構成要素、工業製品としてのデザイン上の制約、幅広い製品ラインアップまでを駆け足で見てきました。そういう、ある制約に基づいて作られた工業製品、機械式時計。そういう製品のどこがいいんでしょうか?それをもう一度検討してみます。 まず、いい、悪いを決めるというのは、簡単な話ではないです。いい、悪いというのは絶対的な判断基準ではなく、相対的な価値観です。AはBと比較していい、ということはいえますが、Aは絶対的にいい、Bは絶対的に悪い、ということはできません。 モノの価値を決めるのは人間ですから、ある人が「これはいい」といえば、それはそれでいいモノである、といえます。判断基準となる好みは人によって千差万別です。ロレックス デイトナがいいとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうし、パテックフィリップの名作Ref.96がお好きな方もいらっしゃるでしょう。また、セイコー5がいいという方もおられるでしょう。 次に、いい、悪いの比較対象です。現代のわれわれはきっと「機械式時計」という場合、比較対象としてクォーツ時計を思い浮べると思います。「時間を知るだけだったら、ケータイでいいじゃん」「クォーツが正確だし、わざわざゼンマイ巻かなくていいし、なんでローテクの機械式時計?」まったくおっしゃる通りです。そこで、少しクオーツ時計について見てみることにします。 クオーツ時計は、一日に10秒程度は誤差がある機械式時計と違って、その誤差は一カ月で10秒程度におさまります。ざっと30倍は精度がいいことになります。また耐衝撃性も高いです。機械式時計は、テンプが一秒間に数回の往復運動をすることで一定の時間を刻みます。この部分が、どうしても衝撃に対しては弱くなります。クオーツ時計の場合、一定クロックを生成するのは水晶の固体振動子になりますので、衝撃に対して強くできます。そしてクオーツ時計は電子機器ですので、部品点数は機械式時計に対して少なくできます。100以上の部品を必要とする機械式時計に対して、おおよそ約半分の部品数で構成されます。しかも、電池式ですからいちいちゼンマイを巻き上げなくても、使いたいときに使えます。精度はいい、衝撃にも強い、使い勝手はいい、しかも電子機器ですから安価です。ここまで揃っている時計があるのに、なぜ機械式時計がいるんでしょうか。 実際にクオーツ腕時計の発明の結果、1970年代には機械式時計は絶滅寸前まで追い込まれてしまいます。1969年、ゼニスは、自動巻きクロノグラフとして有名なエルプリメロを発表しますが、そのわずか3年後には、アメリカのラジオメーカーに買収され、機械式時計の生産中止を言いわたされることになってしまいます。

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