さてクオーツ時計と機械式時計の比較の続きです。精度、トルクとみてきましたが、今回はメンテナンスの差、オーバーホールについてです。 腕時計のオーバーホールの場合、おおよそ次の手順からなります。 外装チェック、洗浄 防水チェック、必要であればリューズ、パッキンなどの部品交換 ムーブメントの分解、洗浄、注油 この内、外装や防水のチェックについてはクオーツでも機械式でもそう手間は変わりません。大きく違うのはムーブメントの分解、洗浄、注油工程になります。部品数の多い機械式時計の場合は、この工程がそれなりに手間がかかります。機械式時計は、比較的大きなトルクで複数の歯車を駆動します。そこで、部品の摩耗対策が必須になります。このため、とくに摩耗が大きい歯車の軸には受け石と呼ばれるルビーを配置し、そこにオイルを塗布します。画像は1968年製造のオメガ861。裏蓋を開けたところから見えるルビーの位置には矢印を置いてます。画像で下のほうに見えるのがテンプで、これがオメガ861の場合、一秒あたり6振動、一分では360振動もします。 一方、クオーツ時計は、モーターで針を駆動し、そのトルクは機械式時計と比較すると弱いです。その上クオーツ時計は部品点数が少なく、機械式時計のテンプのようにせわしなく回転する部品はありません。クオーツ時計の場合、一番速く回転する部品は秒針で、1分で一回転します。機械式時計と比べると部品に与える負荷が非常に小さいのが分かります。 なお、クオーツ時計もたいていの場合受け石があります。これは一つのモーターで複数の針を駆動するからで、その場合、基準となるモーターの回転数を調整する歯車が必要になります。その歯車は、ある回転軸の回りを常に回転していますから、摩耗対策が必要であれば、そこにはルビーが置かれるでしょう。世界最初のクオーツ時計、アストロンは8石のムーブメントを搭載していました。 そして、受け石があるということは、クオーツ時計も分解、洗浄、注油というオーバーホールはしたほうがいいということになります。しかしながら、クオーツ時計の場合、部品の損耗が機械式時計よりは段違いに小さく、結果的に電池交換だけで10年とかは普通に動くことになります。ただしケースの防水性の劣化は、機械式時計、クオーツ共に変わりませんので、防水性が必要な時計は定期的にチェックしましょう。
機械式時計のデザイン上の大きな制約であり、開発の大きなリスクは、安定したムーブメントが入手できるかどうかにあるという話でした。ケースの防水性能や帯磁性能については比較的確実に経年劣化が計算できます。ところがムーブメントの安定性となると、量産リリースして少なくとも2~3年の評価を経ないと本当のところは分からないです。 というあたりでようやく本題に入っていくんですが、そういう制約条件の下でデザインされた工業製品に対して、消費者はどうやって、これがいい、悪いと判定することができるんでしょう? 機能は比較的単純ですが、腕時計を構成するパーツは多岐にわたります。そのそれぞれ、針やダイヤル、ケースの部品それぞれについて精通していないと、その時計がいいのか悪いのか判定できないんでしょうか?そうだとすると、機械式時計のいい、悪いの判定はごく一部の専門家しかできなくなってしまいます。機械式時計は、一般的に高価なものです。高価な品物を購入するときは、やはり他人の意見よりもまずは自分の意見じゃないでしょうか?だいたい他人の意見をあてにして買うと、後悔してしまったときに他人のせいにしてしまって自分もその人も気まずい思いをしたりしてよくありませんよね。 分かりやすい一つの基準は価格でしょうか。しかし、高い時計がいい時計とは限らないのが、機械式時計の難しいところです。たとえ1000万円の時計を買っても、壊れるときは壊れます。とくに新発売の複雑系の時計などは一般的に注意かもしれません。複雑系の時計はパーツが多いですから故障の可能性も高くなります。また機械式時計は最低でも4年、5年と長く使われるものですから新発売当時はまだ発見できていない問題点が残っていることもあります。 時計に限らず機械一般の故障で一番多いとされているのが初期不良です。ある程度初期不良が収まれば故障率はかなり減ります。以下が信頼性の教科書などに頻出する故障率曲線、バスタブカーブと呼ばれるものです。 ところが一方、2、3万円の時計でもずっと壊れず動き続ける時計もあります。低価格、高信頼性という時計ですね。写真はセイコーファイブ アトラスSKZ211K1。2万円くらいで手に入ります。本格的なダイビング用途には使えませんが、20気圧防水もあるので、普段使いとしては全然問題ないでしょう。デザインもかっこいいですし、精度も+10~20秒/日くらいは出てくれるでしょう。 さて、どっちがいい時計でしょう?やっぱり用途によるんでしょうね。1000万円の時計はまあいい時計でしょう。でも、それを腕にはめて満員電車に乗って通勤したい、という場合はその時計がそういう用途向けに作られているのか、よく検討すべきです。こういう時計は、運転手つきで送り迎えしてくれる持ち主を想定していたりします。 またアンティーク時計は素晴らしい時計も多いです。50年、100年と時代の荒波にもまれて生き残っており、その価値は認められていると言えるでしょう。しかし、たいていの場合の泣き所はやはり防水機能です。特に湿気が高い日本の夏、外回りからクーラーで一気に冷やされる屋内へと移動したときなど、ガラス窓が曇ってしまうことがあります。まあ当然といえば当然かもしれません。その時計が作られた当時はクーラーなんてなかったんですから。 つまりは、いい時計かどうかを判断するためには、自分がどういう時計が欲しいのか、それをまず把握することから始まりるようです。当たり前といえば当たり前ですが、当たり前のことを当たり前にやれれば人間の悩みの9割以上はなくなる気がします。自分の好みを把握するというのは、意外かもしれませんがかなり難しいことなのかもしれません。
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