「こだわり」にもいろいろある。 例えば評価の高い独立時計師がこだわって作る時計の場合、ほぼ好きなように値段をつけられるから、コストの制約はあまりない。こだわり放題である。パッケージや革ストラップなどは、時計本体の値段に比べればおまけのようなものであるから、選択の自由度は高い。豪華な化粧箱も作ることができるし、ストラップにクロコダイルを使おうが、ガルーシャを使おうが自由である。あらゆることにほぼ好きなようにこだわることができる。 一方で、税込20万円の時計で「こだわる」場合にはそうはいかない。時計本体のコストに制約が出てくるのはもちろんのこと、革ストラップ、パッケージのコストも馬鹿には出来ない。コスト制約のなかでの優先度をつけた「こだわり」である。今回はその制約の中での「こだわり」を見ていきたい。 まず開梱である。内部の梱包は最小限にしてあるが、そこで時計の化粧箱が第一のこだわりポイントである。大きさは最低限の、ちょうど60~70年代の時計の箱のサイズのようである。この化粧箱を開けようとすると気付くのが、内箱と外箱のクリアランスである。きっちりと内箱と外箱とがかみあう大きさに仕上げてある。 次はストラップである。革ストラップは、市販品で3000円くらいからでも入手できる。時計本体に「こだわる」のであれば、ストラップというのは交換可能なパーツでもあるし、ある程度はクオリティを犠牲にしてもよいパーツではないかと一瞬考えてしまう。しかし、この時計の場合は違う。豪華なものではないが、十分にしなやかでつけ心地も良い。色も文字盤にあわせてマッチした色の選択である。腕時計は、時計本体だけでは時計としての機能を果たせない。革ストラップも含めて時計の一部であると主張しているようである。そのサイズは、クラシックをリスペクトしたかのような 20-16であり、この時計にあつらえたかのようにすごく似合っている。裏にはGENUINE LEATHERと素気なく書かれているだけであり、いかにも市販品のような体裁だが、これも浅岡氏のデザイン、または監修のはずである。 尾錠も見逃せない。筆者が最初にパッケージを開けて驚いたのはこの尾錠であった。こういう形状の尾錠を筆者はあまり見たことがない。筆者の所持時計の中では、オーデマ・ピゲのヴィンテージ尾錠に似ている。現代の時計でいえばブライトリングの尾錠に似ているが、ブライトリングほど止め金の幅を広くとっているわけでもない。刻印も何もないが、まるでCHRONO TOKYOの時計本体とストラップ専用に作ったかのように大変よく似合っている尾錠である。 いよいよ時計本体である。 まず気付くのがその文字盤の素晴しさである。最近ではなかなか見ないボンベダイヤルで中央が盛り上ったデザインになっている。グレーということになっているが、光の反射で様々に色が変わる。針もオリジナルのデザインであり、この時計が高精度であるということを誇示するようにきちんとインデックスに届く長さである。しかもその上先端の曲げ処理まで施してある。そして、この文字盤と針を保護するのはボックスサファイヤである。まさしく往年の高級時計の浅岡氏流のモダンな解釈とでもいえようか。 最後に、ムーブメントおよび文字盤を保護するケースである。これもまたこだわりのケースである。サイドからラグへと流れる曲面は、なんとも言いあらわせない三次元の曲面で構成される。サイドの曲面がすっきりラグに収斂する様は往年のカラトラバやオーデマピゲのVZSSのような形状を彷彿させつつも、それとは違うモダンなデザインになっている。側面から見るとこれがよく分かるかもしれない。上が オーデマ・ピゲのVZSS、下が CHRONO TOKYO である。 さて、このようなこだわり抜いた時計が税込20万円で手に入る(注: 10/12現在.入手できない。最初の限定発売分は、発売開始わずか2日で受付停止であった。現在、追加生産を検討中とのことである)。デザイナーが、デザインだけでなく、量産工程の部品の監修、プロデュースを手掛けることで、ここまでのクオリティ、ポテンシャルを引き出すことができる。誰もができることではないが、モノヅクリをしている人たちは、自分の潜在能力に気付き、自身のこだわりによりフォーカスすることで、社会全体のポテンシャルを高めることができる。浅岡氏がこの時計で証明したかったことの一つはそういうことであったのかもしれない。
表紙の写真を替えてみました。背景はクロノス誌。時計はオーデマピゲ VZSSc です。VZSSc は、クロノメータ規格のムーブメントを使った、かつてのオーデマピゲ渾身のドレスウォッチです。パテックの96をキングとすると、このVZSSはクィーンと個人的には思っています。 さてさて、調子に乗って参りましょう。 理系の大学一年生といって恐れることはありません。もっとも、私らのころと違って最近の大学生はまじめに授業に出席するようですから、我々のころよりも遥かにレベルが上がっているかもしれませんが、まあそのようなレベルの話をしたいというだけで、数式はできるだけ使わないつもりですのでご安心ください。 まずは腕時計の動く仕組みの私なりの解釈です。基準として、ありふれたクォーツ時計を例にします。クォーツ時計はごく簡単です。クォーツ時計はどうやって一秒を作るのでしょう?元になるのは、水晶です。この水晶(クォーツ)が32KHzの基準周波数で発振します。32KHzとよく言われますが、実は32768Hzです。一秒間に32768回、振動します。振動というのは「波」とよく言われます。ただ、波と言われる場合は、振動が一定方向に進む場合です。ある一定箇所で、振動する場合は、回転という形になります。たとえば、一秒間に自転車を32768回漕ぐのも、32768振動といってここでは差し支えないことにします。時計のヒゲゼンマイも振動、といわれますよね。 なぜ簡単なのか。水晶は電気を与えるとある一定振動で発振するからです。この場合一秒間に32768回振動しますが、それを32768回数えることができれば、それが一秒ですよね。一秒ができればあとはしめたものです。それを60回数えたら一分、一分を60回数えると一時間です。つまり、32768を数える機械と、60を数える機械が二つあれば時計はできてしまいます。もちろんあとは表示とかケースとかいろいろ必要ですが、それは必要に応じてなんとでもなるとすれば、心臓部は以下の4つでできてしまいます。 1. 水晶 2. 水晶に与える電圧 3. 32678を数える機械 4. 60を数える機械 x 2 どうです。簡単でしょう。これ、めっちゃ簡単ですので、その気になれば、秋葉原でも日本橋でもキットを組みたてることも可能ですから、ぜひお試しいただければと思います。部品屋さんで、32KHz発振のクリスタルください、と言えば、一個30円程度で入手できます。
やはり機械式時計は機械式なのです。ゼンマイで動力を与えて、歯車を複数動かし、そして、何らかの目的にあった形で時間を掲示するのです。その大きな流れが軍用とドレス用です。以下の写真はパネライルミノール47mmとオーデマピゲのヴィンテージ、VZSSc 36mm です。 果してどちらが高級時計に見えるでしょうか?もちろん、パネライルミノールもかなりな高級時計です。しかし、どちらかといえば、やはり高級に見えるのはドレス時計のオーデマピゲではないでしょうか? そもそもの目的が違うので、この二つを比べるのはすこし無理がありますが、パネライは、イタリア海軍の軍用時計をモチーフに頑丈さ、防水性、精度を追求しており、ラグジュアリースポーツという新しい系統に属します。これはそもそもはオーデマピゲのロイヤルオークによって開拓された分野で、パネライが現在先陣を切って開拓している分野といってもそうは間違っていないでしょう。 一方の名機の誉れ高いオーデマピゲのVZSScです。素晴しいムーブメントを搭載しており、仕上げはもちろん、精度も当時のクロノメーター級です。1950年代の時計ですが、現在でもかなりの高精度を維持しています。一方でお世辞にも頑丈とはいえません。また、防水性もほとんどありません。 やはりムーブメントが時計の形を決める部分はかなり大きいのです。パネライのムーブメントでは、ドレス時計を作るのは至難の技でしょうし、一方のAP VZSScは、間違っても数を量産できるムーブメントではありません。現代でもオーデマピゲAP2121など仕上げの卓越したムーブメントの量産数量は限られており、故障時の代替部品の迅速な供給が求められる軍用などのハードな用途に使う時計にはまず向いてはいないでしょう。
おおよそ機械式時計とクオーツ時計の差が出揃いました。再度まとめてみましょう。 精度については、機械式時計はいわれているほど悪くはありません。一日10秒~20秒程度というのは十分実用に耐える精度で、原型の誕生からおおよそ300年以上たつゼンマイ時計という古い仕組みの機械としては驚異的な精度と思えます。また、機械式時計はトルクが大きく、大きく見易い針を使えます。ところで一方、精度をだすための仕組みを一秒に数回も回転するアンクル型脱進器に頼っており、その上トルクが大きいために部品の摩耗が大きくなります。そのため定期的なオーバーホールが必須になります。 一方、クオーツ時計はトルクが抑え気味にしてある上に、一秒間に数回も回転するような機械部品がありません。そのため、部品の摩耗が機械式時計に比べて小さく、オーバーホールの必要性がそう高くはありません。オーバーホールするのが望ましいのは間違いありませんが、電池交換だけでそれなりに長い間正確に動作することが多いのはそのためです。 さて精度、視認性と少し差はありますが、機械式時計とクオーツ時計と比べたときに、一番の大きな違いはやはりこのメンテナンス性でしょうか?機械式時計はメンテしないとただの鉄のカタマリです。ところが一方、定期的にメンテナンスさえしてあげれば50年以上前の時計でも十分実用できる精度で動き出します。 画像は1950年代のオーデマピゲの名作、VZSScのムーブです。ムーブメントの上部にテンプが見えます。
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