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Category 機械式時計はなぜ動くのか

機械式時計はなぜ動くのか その13

時計は、一般に振動数が高いと精度がよいと言われる。しかしながら、同じ振動数でも精度が明らかに違う場合がある。5~10振動(2.5Hz~5Hz)の時計で、日差1分~1秒未満となると、実に2桁も違うことになる。同じ仕組みで動作する機械なのにも拘わらず、どうしてこれほど違うのであろうか。 これを説明するために、ここで一つ、工学でよく使われる指標を紹介したい。数式はできるだけ避けたいと考えていたが、この指標だけはどうしても説明に必要なようである。それがQ値という指標である。Q値とは、英語ではQuality(品質)-Factorとされており、電気工学で通信ネットワーク(電話線など)の損失の計算に便利だということで導入された指標である。この概念は、今からおおよそ100年前、第一世界大戦の勃発した 1914年に、ウェスタン・エレクトリック社の研究所(高名なベル研の前身)、K. S. Johnson によって初めて提唱された。 当初は、”Q”というアルファベットは、Qualityの頭文字などではなかったようだ。A,B,C,D…など他のアルファベットがほとんど記号として使われてしまっており、残っていた使えるアルファベットが”Q”しかなかったからことから選択されたという( The story of Q )。その”Q”というアルファベットが一番最初に使われた文献は、1923年に K. S. Johnson が出願した US特許 1,628,983だとされている。 その、一見時計まったく関係ない分野で最初に使われた Q値が、なぜ機械式時計の精度に関係があるのであろうか。 下図が、一番最初に”Q”というアルファベットが使われたUS特許の導入部のキャプチャである。

機械式時計はなぜ動くのか その12

時計の精度、このことは時計の発明以来、数百年来追求されてきた時計の本質である。 一つ興味深いグラフを掲載する。これは昭和48年当時、当時第二精工舎の生産技術部の林保夫氏の論文「最近の腕時計と量産技術」から引用させていただいた(赤ラインは筆者) 発振周波数が高ければ高いほど、精度はよくなることがこの図から分かる。しかし、その赤丸をつけた部分を見ると、例えば振り子時計は発振周波数は低い(黒塗り四角)が精度はよい(白抜き四角)。これはいったいどうしたことであろうか。 この論文が書かれた当時、昭和48年(1973年)には、このことはおそらく自明なことであったであろうと想像する。が、現在2017年の我々には少し説明が必要に思えてしまう。 またよく見ると、テンプ式機械式時計、これはいわゆる機械式腕時計のことであるが、この精度は、当時でも日差10秒以上〜1秒未満と二桁違っている。つまり、当時でも日差一秒未満の腕時計は存在しており、一方でおそらく日差10秒以上の時計というのは当時の量産タイプ(といっても現在の量産腕時計よりは随分高価であったはずだ)と考えても間違ってはいないだろう。 同じメカニズムで二桁精度が違うというのは機械式時計というのは実に面白い仕組みだと思わないだろうか。例えば高級車だからといって最高速度が二桁変わるわけではない。戦闘機とボーイング747でも最高速度の違いはせいぜい1桁である。ところが機械式時計では同じメカニズムを採用している量産モデルと高級モデルとで精度が2桁違うのである。これがマイクロメカトロニクスの面白いところなのであろうか。

機械式時計はなぜ動くのか その11

トルクに関して理解が進んだところで、次に進めていきたいのは、精度保証の仕組み、テンプの動きについてである。一般に、クオーツ時計は、原発振周波数が高いから機械式時計よりも精度が良いとよく言われる。本当にそうなのだろうか。まずここからはじめてみたい。 筆者はかつて、機械式時計はなぜ動くのか その1にて、 32KHzと 5Hz、6400倍もの差がありながら、クオーツおよび機械式時計の精度の差はおおよそ数十倍程度です。 と書いた。 たしかにクオーツ時計は精度が良いが、発振周波数の差と精度の差とを比較すると、発振周波数の差に比較して、機械式時計の精度は良すぎるように思えてしまう。 きちんと作られた機械式時計は、きちんと整備をすると、数十年前の時計でも日常使いできる精度で動作する。機械式時計の仕組みとは、実に、驚くほど完成された仕組みなのではないだろうか。 写真は、整備から上がったばかりのセイコー社のヴィンテージ時計、ロードマーベルである。防水が期待できないこの当時の時計を、この暑い最中、普通に着用して仕事で使っているが、日差+3秒、パワーリザーブ48時間で快適に時を刻み続けている。

機械式時計はなぜ動くのか その10

トルクに関してまとめよう。 そもそも、機械式時計はなぜトルクが大きくなければならないか。それは機械式時計が、その精度をテンプに頼っているからである。機械式時計の場合、主ゼンマイのトルクで最終的にはテンプまで回転させなければいけない。主ゼンマイの周波数(6時間で一回転)から2.5Hzまで増速する場合、54000倍もの増速である。この場合、テンプを回転させるために必要なトルクは、元の主ゼンマイのトルクに対して1/54000以下に減少する。そのトルクである程度の重さを持つテンプを回転させるのであるから、相当のトルクが主ゼンマイには必要となる。表示のための分針と時針とは、その主ゼンマイの回転数に近いところから動力をとっているから、テンプを回すトルクの数千倍のトルクを利用できる。その結果、相当程度に太くて重い視認性のよい針を回転させることができる。しかしながら、いくら機械式時計といっても秒針は細くて軽い。これはトルクが減少した歯車から動力をとらざるをえないからである。 一方で、クオーツ時計の精度は、水晶体の原発振周波数の精度による。液晶でもLEDでも好きな表示形態を選ぶことができる。トルクが必要になるのはアナログ表示、針を回転させたい場合のみとなる。発振周波数の伝達は電気信号で行なわれ、歯車が不要であるため、トルクの増大、減少といったことはない。さらには針を駆動する歯車比に関しても、機械式時計のような制約はない。電気信号で一回、一秒の振動数を作ってから減速して作るのが一般的な構造となるが、減速、増速は好きなように選ぶことができる。モーターの消費電力からくる制約さえ改善されればクオーツ時計のトルクが改善される余地は十分にあるといえるだろう。

機械式時計はなぜ動くのか その9

一般に、機械式のトルクは大きいから太い針を駆動でき、結果的に視認性が良くなる、クオーツのトルクは小さいから針も細くなり、結果的に視認性が悪くなる、とよく言われる。この一般的な前提をもう一度検証してみたい。 一体全体、アナログクオーツ時計のトルクは本当に小さいのだろうか。Tictacでもザ・クロックハウスでもよいがカジュアルな時計店に行ってみると一見太い針に見えるデザインのクオーツ時計が所狭しと並んでいる。これでクオーツはトルクが小さいから針が細いと機械式時計の趣味の人に強弁されても、ちょっと納得できかねるのではないだろうか。写真は Casio社の G-shockの新製品である。十分以上太い針を駆動できているように思えてしまう。 アナログクオーツ時計の針を駆動するための駆動力に対する一番の制約条件は、針を回転させるために必要なモーターの消費電力にあった。アナログクオーツ時計は、モーターで消費される電力を減らすために、ごく微小な電流で動作する時計用のモーターを使用する。ではそのモーターを改善すればよいではないか。クオーツ時計は電子部品によって構成される。その電子部品を改善すればよいのである。これはその電子部品の製造者なら誰でも考えることで、実際、アナログクオーツ時計のムーブメントのトルクは大きく改善されている。 有名なところではグラントセイコーの9Fムーブメントは通常のクオーツの倍のトルクで駆動できると謳っている。それ以外の広く汎用で使われるムーブメントにおいても、例えばMiyotaのクオーツクロノグラフムーブメントは 1uN・m の分針を駆動できる。クロノグラフ秒針にいたっては 0.4uN・m である。同じくMiyotaの傑作ムーブメント 9015と比較してもそれなりのトルクになってきている。最早,すくなくとも一般的にクオーツのトルクが小さいとは言えなくなってきているのではないだろうか。

機械式時計はなぜ動くのか その8

一般に大きい、小さいという場合、その比較対象が必要になる。機械式時計のトルクが大きい、という場合は、その比較対象はアナログクオーツ時計になるであろう。世の中にアナログクオーツ時計がなかった時代、機械式時計のトルクが大きいという議論はそもそも成立する要件がなかったに違いない。そこで、アナログクオーツ時計のトルクが小さいということについて考えたい。 一体、アナログクオーツ時計は、なぜトルクが小さいのだろうか。原理的には発振周波数が高く3.2万Hz(一秒間に3万回以上発振する)以上である。これを減速するのであるからトルクは問題ないではないか。その通りである。もし、アナログクオーツ時計の原発振周波数を歯車で伝達するのであればそれはそれで問題はないはずである。ところが、クオーツ時計の場合、伝達機構が異なる。電気信号でこの減速比は伝達されるのである。電気信号による伝達の場合、増速も減速も関係はない。 機械式時計の場合、トルクはその動作の本質である。テンプとテンプに至る歯車を主ゼンマイから回転させるためにはトルクが必要だ。一方でクオーツ時計の本質は電子回路である。歯車は本来必要はなく、バッテリーと電子回路があればよく、その表示形態は自由である。液晶でLEDでもアナログの時分針表示でも好きなものを選ぶことができる。針を回転させることは、できなくはないが必須ではない。つまり、トルクは、クオーツ時計の本質ではないのだ。 ではなぜアナログクオーツ時計で、回転運動させた場合に、得られるトルクが小さいのか。それはクオーツ時計の本質である電子回路の動力源であるバッテリーという制約条件による。バッテリーによって回転運動をさせる場合、その動力源はモーターになる。そしてモーターに流せる電流が大きければ大きいほどトルクを大きくとることができる。ところが電流を流すと、当然ながらバッテリーの消費は早くなる。つまり、ここがクオーツ腕時計の一番大きな制約条件、バッテリーの容量になる。限られた電池容量で2、3年も持たせようと思えば、やはりモーターに使える電流は小さくなる。例えば電池が一週間しか持たないアナログクオーツ時計でよければ、モーターに流せる電流は40~50倍は大きくできるだろうから、太い針を駆動するトルクを得ることは原理的には可能であるはずだ。

機械式時計はなぜ動くのか その7

今回はトルクの重要性についてです。機械式時計はトルクがあるために大きな針を回すことができるということは聞かれたことがあるでしょう。トルクは重要そうだなぁとは思っても、しかしながら、ではその重要なトルクがあればあるほど高級というわけでもなく、どちらかというと高級時計の中には、ロイヤルオークジャンボなどのように比較的トルクが小さいものも多い。しかしながら、それら高級機の中ではロイヤルオークジャンボのトルクは大きいほうである、などと聞いてくると分けが分からなくなってきます。 そもそもトルクというファクターは、なぜ機械式時計で重要なのか。それは機械式時計がゼンマイで動作し、その動作を歯車で増速して伝えるからこそ、重要になってくるのです。ここに以下の点でトレードオフが出てきます。 ゼンマイの長さと動作時間: ゼンマイが解けていきながら動作する以上、ゼンマイの長さによる動作時間の制限がかならずあります。長く動作させたい場合には、トルクは小さくなります。 トルクの大きさ自体の制約: ゼンマイから見ると、ギア比はかならず増速になります。増速の場合、伝えられるトルクは原理的にそこで減少します。車の場合、ギア比がLの場合はトルクが大きいですが、5速、6速の場合はトルクは小さくなります。ギア比を増速すればするほどトルクは小さくなるのです。車の場合はもともとかなり回転数の高いものを減速して巨大な車体を動作させるトルクを得るのですが、時計の場合はもともと一番遅いゼンマイの回転数から増速して脱進機の速度にしていくので、必ず主ゼンマイのトルクから減少します。 精度と脱進機の速度: 高精度を求めれば求めるほど、脱進機の速度は上がる傾向にあります。ヴィンテージ時計は5.5振動または6振動、近年では多くの時計が8振動。場合によっては10振動というものまであります。脱進機の速度を上げれば精度を得やすくなりますが、その分増速の度合いも増えますので、トルクもより必要になります。 結局、ゼンマイをできるだけ消費せずに、しかも大きな針を動作させたい場合はゼンマイを格納する箱が大きくなってしまいます。そうなってしまってはとくにドレスウォッチに代表とされる高級時計とはいえなくなってしまいます。 そこで、限られた体積に含まれるゼンマイのトルクを有効活用するために、伝達ロスをできるだけ減らすために、高級時計の歯車は丁寧に磨いてありますし、ゼンマイの体積とトルクによって動作できる針および機能のバランスを巧みにとってあるのです。

機械式時計はなぜ動くのか? その6

さて、クオーツ時計と機械式時計とで、大きな違いがあることは分かりました。では、その違いをより詳しく見ていくことにしましょう。クオーツ時計と機械式時計、一番の大きな違いは、動力源にあります。すべてのモノが機能する、動くためにはそれに相当するエネルギーが必要です。クオーツ時計の場合、電気エネルギーという極めてユニバーサルな動力源を使用します。そのため、動力源と機能ブロックとは完全に分離できます。もし壁のコンセントからエネルギーを取得できるのであれば、クオーツ時計は動力源の問題はほとんどなくなり、ほぼ無制限に動きつづけることができることになりますし、どんな大きな針も駆動できることになります。これは動力源と機能が分離できるからです。 一方で、機械式時計はゼンマイを動力とします。ゼンマイというものはユニバーサルな動力源の一つではありますが、電気ほどユニバーサルではなく、機械式時計では、動力源と機能とが未分化です。つまり、ゼンマイで歯車を駆動し、歯車の歯の数の比で、所望の周波数を生成します。材質が同じであれば、厚くて幅広のゼンマイであればあるほど、大きな歯車や針を駆動できます。その一方で、ゼンマイの長さは駆動時間に直接かかわってきます。ゼンマイをおさめる箱の体積の問題がありますので、厚くて幅広のゼンマイは、短かい駆動時間となります。一方で、薄くて幅が狭いゼンマイは長寿命ではありますが、より小さな歯車、または軽い針しか駆動できないことになります。 機械式時計の設計はまずこの部分をどう最適化するかということに関ってきます。一般的に高級時計は、薄型です。外形寸法が薄いということは、薄いゼンマイを使わなければならず、結果的に比較的弱いトルクになり、より小さい針しか駆動できないことになります。そのため、歯車の歯をきちんと磨くことで、トルクのロスを極力減らすといった努力が高級時計にはなされることになります。 画像はロイヤルオークジャンボ。薄型自動巻の最高峰の機械を内蔵します。

機械式時計はなぜ動くのか? その5

では、いよいよ機械式時計の仕組みに行きたいと思います。これが私の思う機械式時計のモデルです。クオーツと比較して、仕組みが複雑になっているのが図からも分かるかもしれません。 この歯車の比は、時計三昧さんのウェブページを参考にさせていただいております。いつもどうもありがとうございます。 クオーツ時計と大きく違うところは以下の三点になるかと思います。 動力源が一体になっている。クオーツの場合は、電池という動力源が、振動数を変換する電子回路を駆動していました。機械式時計の動力源は、香箱のゼンマイです。クオーツ時計と違い、その駆動力は振動数を変化させると同時にダイレクトに歯車で次の歯車を駆動します。 クオーツと違い「増速」になっている。クオーツの場合は、もとが32768Hzという非常に速い振動を遅くすることで、秒針、分針、時針を作っていました。一方機械式時計では、遅い香箱の回転から、分針、秒針を作ります。 フィードバックループが形成されている。クオーツの場合は、元の速い発振周波数を単純に分割することで所望の時間単位を作ります。一方、ゼンマイ時計の場合は、テンプの速度にあわせて、ゼンマイの解ける速度を調整します。一番最後の三角印の部分ですね。テンプの速度にあわせて、ガンギ車の速度が調整されます。 機械式時計は、動力源と速度調整を一体で行う仕組みを採用しているがために、設計者からうすると、ここが最大の制約条件であり、面白味でもあるんじゃないでしょうか。

機械式時計はなぜ動くのか?その4

寒い日々が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私は寒さは嫌いですが、冬は汗や水分にあまり気を使わなくよくなって、使う時計の選択肢が増えますので、その意味では好きな季節です。 前回、クオーツ時計は簡単だと散々書きました。では、どのように簡単なのでしょうか。一番簡単な理由は、その仕組みにあります。クオーツ時計は基本的に電池で動きます。電池で動く、よく聞きますが、では「動く」っていったいどういうことでしょう。 電池で動くっていうことは、電池の力を使って、何かを動かすわけです。クオーツ時計の場合、その何かとは何か。一つは電子回路です。電池で回路を動かして所望の機能を達成するわけです。 簡略図で書いてみるとこのような感じです。電池の力ですべての回路を動かします。まずは、32768Hzを作る水晶発振器。これが全部の元です。それを半分にして、もう一回半分にして、、、とこれを15回続けると、1秒ができます。1秒ができればそれを1/60にします。そうすると1分ができて、さらに1/60にすると1時間ができます。 なお、電池というのは、かなりユニバーサルな動力源で相当便利に使えます。この図に書いているのは、電子回路に関連する部分だけですが、電池は、他にも回路だけではなく、針を駆動するモーターなども動かします。 さて、ここで重要なのは、クオーツ時計の場合、その機能(回路)と動力源(電池)は別々になっているということです。ユニバーサルな動力源を使うことで、電池さえあれば、動力源に関する心配がまったくいらない、これは実に革命的なことでした。もっともそのため、泣き所は電池寿命ということになります。大容量の電池はサイズの制約で搭載できませんから、クオーツ時計は、電子回路の中では最も消費電力に気を使ったエコなシステムになっています。

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