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機械式時計はなぜ動くのか その17

Q値という「物理量」についての話を続ける。「物理量」とはそもそも人間が考えた仮説の一つであった。仮説は、汎用的な概念を含んだ仮説であればあるほど分野を超えて広く使われるようになる。ニュートンの「万有引力の法則」では、リンゴが落ちるときに働く力と、天体と天体との間に働く力とは同じ法則に従っていると説く。一見まったく違った現象に見えるそれらを汎用的な法則で説明したからこそニュートンは偉大であった。 Q値に戻る。この概念は、Valjoux 22 の初出と同じ1914年に提唱された。それ以来、分野を超えて振動現象の品質について広く使われる定義になっている。振動現象とは、ある一定期間内に繰り返される周期的な運動のことであり、ヒゲゼンマイの収縮運動は間違いなく振動現象である。そうなると、時計の場合もQ値は定義でき、実際に以下のように定義される。 Wはその振動現象を行っているシステム、ここではテンプに蓄えられるエネルギー、ΔWは一回の振動で失なわれる量である。 つまりは、一回テンプを動かして、それがどのくらい動き続けたかを観測できれば時計のQ値は実測できる。実際にテンプのみを取りだして、一回それを収縮させ、それが20秒間動き続けたとしよう。この場合 Q値はおおよそ300になる。5振動は 2.5Hzであるから一秒あたり2.5回往復運動をする。それが 20秒動作したということは 50回テンプが往復運動をしたということになる。ということは、一回の往復運動で1/50ずつエネルギーが失われ続けたということになるから、その往復回数に2πを乗算すればQ値は計算できる。 一方で例えば5振動の時計のテンプが2秒で止まってしまったとしよう。この場合Q値はおおよそ30になる。Q値が一桁違えば精度はおおよそ一桁変わってくると予測できた (機械式時計はなぜ動くのか その14)から、Q値が30の時計の日差が+-60秒程度だとすると、Q値が300の時計はおおよそ日差+-6秒程度に収まるであろうことが予想できる。もちろんQ値のみで日差は決まるわけではなくあくまで目安でしかないが、物理法則とはかくも素晴しく、我々の生活に予測を与えてくれるもののようである。 今週の時計は、「世界初の自動巻きクロノグラフ」の系統を汲むcal.12を搭載したホイヤーコルティナである。ホイヤーの70年代モデルの中ではあまり見かけないモデルだが、オクタゴンのフェイスやブレス一体型のデザインなど、1970年代の雰囲気がよく出ている時計だと思う。このモデルに関しては以下のリンクが詳しい。 ULTIMATE GUIDE TO HEUER CORTINA

機械式時計はなぜ動くのか? その16

さてQ値とは、ネットワークの損失を説明するために電気工学で導入された「物理量」であった。それがなぜ機械式時計に関係あるのだろうか。そのことに辿りつく前に、今回は、前提として一般的な「物理量」という定義について稿を割きたい。 物理量とは、ある現象を説明するために人間が仮定した量(はかり)のことである。例えば「万有引力の法則」を説明する一つの物差しとして、代表的な物理量の一つである 重力加速度(G)が用いられる。 この法則の場合、リンゴが落ちるのを見て物理法則をニュートンが「発見」したとされている。しかし、リンゴでもナシでも鉄球でもよいが、モノが上から下に落ちるのは、石器時代でも皆が認識していたのは間違いない。ニュートンが偉大だとされているのは、そこに汎用的な物理法則を見い出したことによる。曰く、重力の大きさは距離の二乗に反比例し、二つの物質の質量の積に比例する。この法則はどんな物質にも作用する、地球とリンゴとの間に作用している力は地球と月との間にも作用する。そして地球上の物体については 重力加速度(G)という物理量を仮定でき、月の場合にこの物理量を定義すると、地球に比べておおおよそ1/6の値となる。この仮定は、様々な現象をよく説明できるため、現代では当たり前のこととして広く受け入れられている。 ところでこの「現代では当たり前」の物理法則だが、その認定にはしばしば大きな議論がなされてきた。物理法則というものは、そもそもが人間が作った仮説の一つである。厳密な数学上の証明とは違い、その性質上100%の証明は不可能である。ある法則を仮定した場合に、いろいろな現象がうまく説明できるという帰納的推論を提唱し、追従する実験によって演繹的に確かめられ、議論の結果「その説はおおむね正しい」と多数に認定されるというプロセスを必要とする。今では常識となっている一般的な法則についても、この認定プロセスに多年の議論がなされている例は数多い。天動説に対して地動説を唱え、「それでも地球はまわっている」と言ったとされているガリレオ・ガリレイの話はあまりに有名だが、中学生で習うオームの法則(電圧=抵抗×電流)でさえも、数十年ものあいだ「科学的事実」とは認められていなかった。 さて「物理量」の話が長くなった。次回はQ値という物理量について見てみることににしたい。 今週の時計もオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルである。先週との違いがお分かりだろうか?

機械式時計はなぜ動くのか その15

機械式時計の精度について説明するための一つの概念、Q値についての考察を続ける。アカデミックなQ値のイメージはなんとなく分かっていただいたとしても、具体的な皮膚感覚においても、これが意外とマッチするのである。下の図が発振周波数、Q値、日差の例を併記した表である。 クオーツ時計の場合、発振周波数が機械式時計に比較して高いから精度がよいと喧伝されている。日差5秒の機械式時計に対して、日差1秒未満、月差15~25秒程度のクオーツ時計というのは納得できる範囲だろう。素晴しく精度が良いようにも思えてしまうが、周波数で比較すると、1万倍もの高い周波数に対して、その精度はたかだか10倍程度である。思ったほどよくもない気がしてしまう。 一方で発振周波数ではなく、Q値による比較を行うと、Q=300程度の機械式時計に対して、クオーツ時計はQ=3000程度、おおよそ10倍である。このくらいの精度の差が、実によく機械式時計の精度とクオーツ時計の精度の差を表わしているように見えてこないだろうか。 画像はオメガ・スピードマスタープロフェッショナル。最初に月に行った時計としても有名な時計である。

機械式時計はなぜ動くのか その14

機械式時計の精度を表わすために、Q値という概念が有効であるという話を続ける。まず、Q値のイメージである。これは前出の The story of Q からの引用になる。 ここでのQ値は、横軸が周波数、縦軸が電流になっている。この図で、Q値が50、100、∞と大きくなればなるほど周波数の範囲は狭くなっているのが分かる。つまりは、Q値が大きくなればなるほど、周波数のばらつきは小さくなる => 精度は安定するであろうことが分かる。 Q値は、機械式時計にも定義可能である。もともと電気工学から定義されたこの値は、現在では、発振現象の安定性を示す数値として広く用いられている。そこで次に、時計の精度とQ値との関係を表わしたグラフを示す。(参考: 2015年のイギリスの物理学者 Douglas Bateman の講演の抄録 Measuring Q, the Quality Factor) この図は、対数グラフと呼ばれるものである。時計の仕組みによって、その日差は 5s/day, 1s/day, 0.2s/day, 0.01s/dayと小さくなっていく。これをそのまま通常のグラフにしてしまうと振り子時計の日差0.2s/dayと 高精度振り子時計の日差0.01s/dayとではグラフ上で差が見えなくなってしまう。そこで縦軸の目盛りを10, 1, 0.1 と1/10ずつ減らすようにしていくと、これらの差がより分かりやすくなる。一方で横軸は、発振の安定性を示すQ値である。この値は、精度がよくなれば増えていく。そのため、逆に10, 100, 1000 と目盛りを10倍ずつ増やすようにする。そうすると、それぞれの日差とQ値の間に一本の線を引くことができる。どうやらQ値と日差との間には何らかの関係がありそうではないか。

機械式時計はなぜ動くのか その13

時計は、一般に振動数が高いと精度がよいと言われる。しかしながら、同じ振動数でも精度が明らかに違う場合がある。5~10振動(2.5Hz~5Hz)の時計で、日差1分~1秒未満となると、実に2桁も違うことになる。同じ仕組みで動作する機械なのにも拘わらず、どうしてこれほど違うのであろうか。 これを説明するために、ここで一つ、工学でよく使われる指標を紹介したい。数式はできるだけ避けたいと考えていたが、この指標だけはどうしても説明に必要なようである。それがQ値という指標である。Q値とは、英語ではQuality(品質)-Factorとされており、電気工学で通信ネットワーク(電話線など)の損失の計算に便利だということで導入された指標である。この概念は、今からおおよそ100年前、第一世界大戦の勃発した 1914年に、ウェスタン・エレクトリック社の研究所(高名なベル研の前身)、K. S. Johnson によって初めて提唱された。 当初は、”Q”というアルファベットは、Qualityの頭文字などではなかったようだ。A,B,C,D…など他のアルファベットがほとんど記号として使われてしまっており、残っていた使えるアルファベットが”Q”しかなかったからことから選択されたという( The story of Q )。その”Q”というアルファベットが一番最初に使われた文献は、1923年に K. S. Johnson が出願した US特許 1,628,983だとされている。 その、一見時計まったく関係ない分野で最初に使われた Q値が、なぜ機械式時計の精度に関係があるのであろうか。 下図が、一番最初に”Q”というアルファベットが使われたUS特許の導入部のキャプチャである。

機械式時計はなぜ動くのか その12

時計の精度、このことは時計の発明以来、数百年来追求されてきた時計の本質である。 一つ興味深いグラフを掲載する。これは昭和48年当時、当時第二精工舎の生産技術部の林保夫氏の論文「最近の腕時計と量産技術」から引用させていただいた(赤ラインは筆者) 発振周波数が高ければ高いほど、精度はよくなることがこの図から分かる。しかし、その赤丸をつけた部分を見ると、例えば振り子時計は発振周波数は低い(黒塗り四角)が精度はよい(白抜き四角)。これはいったいどうしたことであろうか。 この論文が書かれた当時、昭和48年(1973年)には、このことはおそらく自明なことであったであろうと想像する。が、現在2017年の我々には少し説明が必要に思えてしまう。 またよく見ると、テンプ式機械式時計、これはいわゆる機械式腕時計のことであるが、この精度は、当時でも日差10秒以上〜1秒未満と二桁違っている。つまり、当時でも日差一秒未満の腕時計は存在しており、一方でおそらく日差10秒以上の時計というのは当時の量産タイプ(といっても現在の量産腕時計よりは随分高価であったはずだ)と考えても間違ってはいないだろう。 同じメカニズムで二桁精度が違うというのは機械式時計というのは実に面白い仕組みだと思わないだろうか。例えば高級車だからといって最高速度が二桁変わるわけではない。戦闘機とボーイング747でも最高速度の違いはせいぜい1桁である。ところが機械式時計では同じメカニズムを採用している量産モデルと高級モデルとで精度が2桁違うのである。これがマイクロメカトロニクスの面白いところなのであろうか。

機械式時計はなぜ動くのか その11

トルクに関して理解が進んだところで、次に進めていきたいのは、精度保証の仕組み、テンプの動きについてである。一般に、クオーツ時計は、原発振周波数が高いから機械式時計よりも精度が良いとよく言われる。本当にそうなのだろうか。まずここからはじめてみたい。 筆者はかつて、機械式時計はなぜ動くのか その1にて、 32KHzと 5Hz、6400倍もの差がありながら、クオーツおよび機械式時計の精度の差はおおよそ数十倍程度です。 と書いた。 たしかにクオーツ時計は精度が良いが、発振周波数の差と精度の差とを比較すると、発振周波数の差に比較して、機械式時計の精度は良すぎるように思えてしまう。 きちんと作られた機械式時計は、きちんと整備をすると、数十年前の時計でも日常使いできる精度で動作する。機械式時計の仕組みとは、実に、驚くほど完成された仕組みなのではないだろうか。 写真は、整備から上がったばかりのセイコー社のヴィンテージ時計、ロードマーベルである。防水が期待できないこの当時の時計を、この暑い最中、普通に着用して仕事で使っているが、日差+3秒、パワーリザーブ48時間で快適に時を刻み続けている。

機械式時計はなぜ動くのか その10

トルクに関してまとめよう。 そもそも、機械式時計はなぜトルクが大きくなければならないか。それは機械式時計が、その精度をテンプに頼っているからである。機械式時計の場合、主ゼンマイのトルクで最終的にはテンプまで回転させなければいけない。主ゼンマイの周波数(6時間で一回転)から2.5Hzまで増速する場合、54000倍もの増速である。この場合、テンプを回転させるために必要なトルクは、元の主ゼンマイのトルクに対して1/54000以下に減少する。そのトルクである程度の重さを持つテンプを回転させるのであるから、相当のトルクが主ゼンマイには必要となる。表示のための分針と時針とは、その主ゼンマイの回転数に近いところから動力をとっているから、テンプを回すトルクの数千倍のトルクを利用できる。その結果、相当程度に太くて重い視認性のよい針を回転させることができる。しかしながら、いくら機械式時計といっても秒針は細くて軽い。これはトルクが減少した歯車から動力をとらざるをえないからである。 一方で、クオーツ時計の精度は、水晶体の原発振周波数の精度による。液晶でもLEDでも好きな表示形態を選ぶことができる。トルクが必要になるのはアナログ表示、針を回転させたい場合のみとなる。発振周波数の伝達は電気信号で行なわれ、歯車が不要であるため、トルクの増大、減少といったことはない。さらには針を駆動する歯車比に関しても、機械式時計のような制約はない。電気信号で一回、一秒の振動数を作ってから減速して作るのが一般的な構造となるが、減速、増速は好きなように選ぶことができる。モーターの消費電力からくる制約さえ改善されればクオーツ時計のトルクが改善される余地は十分にあるといえるだろう。

機械式時計はなぜ動くのか その9

一般に、機械式のトルクは大きいから太い針を駆動でき、結果的に視認性が良くなる、クオーツのトルクは小さいから針も細くなり、結果的に視認性が悪くなる、とよく言われる。この一般的な前提をもう一度検証してみたい。 一体全体、アナログクオーツ時計のトルクは本当に小さいのだろうか。Tictacでもザ・クロックハウスでもよいがカジュアルな時計店に行ってみると一見太い針に見えるデザインのクオーツ時計が所狭しと並んでいる。これでクオーツはトルクが小さいから針が細いと機械式時計の趣味の人に強弁されても、ちょっと納得できかねるのではないだろうか。写真は Casio社の G-shockの新製品である。十分以上太い針を駆動できているように思えてしまう。 アナログクオーツ時計の針を駆動するための駆動力に対する一番の制約条件は、針を回転させるために必要なモーターの消費電力にあった。アナログクオーツ時計は、モーターで消費される電力を減らすために、ごく微小な電流で動作する時計用のモーターを使用する。ではそのモーターを改善すればよいではないか。クオーツ時計は電子部品によって構成される。その電子部品を改善すればよいのである。これはその電子部品の製造者なら誰でも考えることで、実際、アナログクオーツ時計のムーブメントのトルクは大きく改善されている。 有名なところではグラントセイコーの9Fムーブメントは通常のクオーツの倍のトルクで駆動できると謳っている。それ以外の広く汎用で使われるムーブメントにおいても、例えばMiyotaのクオーツクロノグラフムーブメントは 1uN・m の分針を駆動できる。クロノグラフ秒針にいたっては 0.4uN・m である。同じくMiyotaの傑作ムーブメント 9015と比較してもそれなりのトルクになってきている。最早,すくなくとも一般的にクオーツのトルクが小さいとは言えなくなってきているのではないだろうか。

機械式時計はなぜ動くのか その8

一般に大きい、小さいという場合、その比較対象が必要になる。機械式時計のトルクが大きい、という場合は、その比較対象はアナログクオーツ時計になるであろう。世の中にアナログクオーツ時計がなかった時代、機械式時計のトルクが大きいという議論はそもそも成立する要件がなかったに違いない。そこで、アナログクオーツ時計のトルクが小さいということについて考えたい。 一体、アナログクオーツ時計は、なぜトルクが小さいのだろうか。原理的には発振周波数が高く3.2万Hz(一秒間に3万回以上発振する)以上である。これを減速するのであるからトルクは問題ないではないか。その通りである。もし、アナログクオーツ時計の原発振周波数を歯車で伝達するのであればそれはそれで問題はないはずである。ところが、クオーツ時計の場合、伝達機構が異なる。電気信号でこの減速比は伝達されるのである。電気信号による伝達の場合、増速も減速も関係はない。 機械式時計の場合、トルクはその動作の本質である。テンプとテンプに至る歯車を主ゼンマイから回転させるためにはトルクが必要だ。一方でクオーツ時計の本質は電子回路である。歯車は本来必要はなく、バッテリーと電子回路があればよく、その表示形態は自由である。液晶でLEDでもアナログの時分針表示でも好きなものを選ぶことができる。針を回転させることは、できなくはないが必須ではない。つまり、トルクは、クオーツ時計の本質ではないのだ。 ではなぜアナログクオーツ時計で、回転運動させた場合に、得られるトルクが小さいのか。それはクオーツ時計の本質である電子回路の動力源であるバッテリーという制約条件による。バッテリーによって回転運動をさせる場合、その動力源はモーターになる。そしてモーターに流せる電流が大きければ大きいほどトルクを大きくとることができる。ところが電流を流すと、当然ながらバッテリーの消費は早くなる。つまり、ここがクオーツ腕時計の一番大きな制約条件、バッテリーの容量になる。限られた電池容量で2、3年も持たせようと思えば、やはりモーターに使える電流は小さくなる。例えば電池が一週間しか持たないアナログクオーツ時計でよければ、モーターに流せる電流は40~50倍は大きくできるだろうから、太い針を駆動するトルクを得ることは原理的には可能であるはずだ。

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